犬本―【国内/小説】―その1

カニスの血を嗣ぐ Sanguis Canis

浅暮三文

講談社/講談社ノベルス 980円 [Amazon]

 冒頭いい。夕暮れ時の住宅街。電柱の下で四つん這いになっている男。嗅覚が極度に発達したその男は、犬の尿に残された伝言を読みとっている。(空腹だ)(地下に宝)(新しい匂い)(走れ)。そして男は、顔見知りの犬ブラッキーの死に遭遇する。死体に残された匂い。その夜、男はバーで出会った女に同じ匂いを嗅ぐ。
“鼻利き”の話はほかにもあるが、本書の鼻は「犬」である。犬のように嗅ぎ、犬のように理解する。物語的にはも少しどうにかなったような気がしないでもないが(とくに終盤)、発想力と言葉遣いのセンスに今後期待。(1999.9.13 白耳)

★★★☆


 1999.8.5初版。尋常ではないくらい――犬と同程度に――嗅覚の発達してしまった男。元広告代理店勤務のサラリーマンで今はバーテン。交通事故で片目をうしない、神戸でバーを営んでいる。その主人公、阿川の周囲に起こる異常な事件。
 犬のように嗅覚が鋭い、という設定が面白い。犬の残したにおい(おしっこの、ね)で犬たちのコミュニケーションを察知したり、人間の発するにおいでその人の感情などもわかってしまう。便利といえば便利だが、これほどいやなこともないだろうな。
 事件そのものはさほど目新しいわけではない。まあそうだろうなというような“隠された真実”があり、主人公の“窮余の策”も推測された通り。文章も、またまた重箱の隅をつつくが、緻密さに欠ける(これがデビュー二作目)。
 ただただ、犬並の嗅覚の持ち主、という設定だけで評価して、星3つです。この発想のユニークさを、より丹念に形にしていってほしい。(1999.8.25 黒鼻)

★★★


はるがいったら

飛鳥井千砂

集英社 1300円 [Amazon]

 第18回小説すばる新人賞受賞作。
 園(その)と行(ゆき)は四歳違いの姉弟。両親は9年前に離婚。園は母とともに家を出たが、就職を機にひとり暮らしを始めた。中華料理店を営む父の家にとどまった高校生の行は、自室で老犬ハルの介護をしている。ハルは14年前、園と一緒に公園で拾った犬だった。
 意地の強い姉と、病弱だが何事にもそつのない弟の内なる成長物語。二人の一人語りが交互に出てくるという構成で、登場人物は少なくないし、姉弟それぞれの生活、対人関係、悩み、さらにミステリじみたエピソードなどなど盛りだくさんだが、意外にもすっきりと読了。ストーリーの中心に物言わぬ犬を置いたことで成功している。次作期待。(2006.1.18 白耳)

★★★★


カメラマンと犬

新井満

集英社 1800円 [Amazon]

 新井満の連作短編集。初出『すばる』2001.2〜2002.2月号。
 柊はカメラマン。ハナコは3歳になるメスのミニチュアダックスフント。
愛人に去られ、妻との離婚を機にハナコと暮らし始めた柊。「女の人と一緒だったでしょう。わたしの知らない女の人の匂いが、少なくとも五種類、柊さんの身体から匂ってきます」――よくしゃべる犬との同棲生活に、男の心象を映す。
 カバーの犬は著者の飼い犬のようだ。カバー袖にもブラック&タンのミニチュアダックスフントを抱いた著者の写真が出ている。作中の犬が人間同様にしゃべったり行動するのは、まあご愛敬。そうイヤな感じもしない。見知らぬ人からの間違い電話に始まる『函館』、写真展の作品によせる『ニュージーランド沖に落下』いい。(2002.6.8 白耳)

★★☆


オルファクトグラム Olfactogram

井上夢人

毎日新聞社 1900円 [Amazon]

 主人公「ぼく」こと片桐稔は、ある事故をきっかけに一ヶ月もの意識不明に陥る。目覚めた稔は、じぶんに超人的な能力が宿っていることに気がつく。全身の血を抜かれて死んだ姉、行方不明のバンドメンバー、そして同じ手口による連続殺人事件。望むべくもない運命に翻弄されつつも、稔の“鼻”は真実に迫っていく。
 どうしても『カニスの血を嗣ぐ』を思ってしまうが、こっちのほう(サンデー毎日連載)が早い。バンドやってる若い男の子、かわいい恋人、テレビ局の人々、ばりばり学究肌の先生、警察の皆さんが、揃いも揃っていい人っつーのはちょっと“鼻白”なんだが、一気読み必至の吸引力はさすが。ただ、“鼻”はわかったが、サイコな彼にちと物足りなさを感じる。なんで血ぃ抜くの? で、それ、どこやったの?(2000.4.5 白耳)

★★★★★


 2000.1.30初版。「サンデー毎日」に連載された長編小説。二段組で550ページを超える長さだが、二日で一気読み。面白かったあ。
 主人公はバンドをやっている青年。姉が連続殺人鬼の犠牲者となり、その現場に居合わせたため犯人に殴られ一ヶ月間意識不明に。目覚めると、不思議なことに、普通の人をはるかに越えた嗅覚の持ち主となっていた。その力を使い現場に残されたわずかな匂いから、犯人を追いつめる、というお話。
 しかし井上夢人って、こういう奇想天外なSFチックミステリーはうまいなあ。ぐいぐい読ませる。要するに、主人公には匂いが視覚的に“見えて”しまうんだけど、そのへんのディテールとかがわくわくさせる。イメージ喚起力がつよいというか。
 いっぽう、ストーリーレベルでは、じゃっかんの不満は残る。とんとん拍子に進んでしまうこととか、周囲の人間(TVクルーや学者など)が、どうもいい人すぎる(かといってありがちな“番組至上主義”“学術調査至上主義”ばかりじゃつまらんのだけど)こととか、ときおり犯人の行動が挿入されるんだけど、それがいまいち薄いとか(あの猟奇的な行動は、結局なんだったのだ?)。
 でも楽しかったのでよしとします。
 しかし、すごい嗅覚を持った男が主人公のミステリーというと、昨年出た『カニスの血を嗣ぐ』をどうしても思い浮かべてしまう。『オルファクトグラム』の週刊誌連載は97年からなので、『カニス』のまねをしたわけではないでしょうが(むろん『カニス』が本書のまねをしたというわけでもないでしょう。単なる偶然でしょうね)。しかしどうしても比べてしまう。比べると、やはりキャリアの差というかストーリーテリングの差というか、出てしまいますねえ。(2000.2.2 黒鼻)

★★★★


犬の方が嫉妬深い

内田春菊

角川書店 1200円 [Amazon]

 ……すげえ。  むろん「フィクションです」という断わり書きはあるんだけど、しかし読むほうは、実際そうだったんだろうなあ、と思いますわな。前夫(と長男の担任の先生もだな)としては痛恨だろうなあ。そこがまたおかしいんだけど。
 相手が反論できないのにずるい、という見方もできるし、やったもん勝ちともいえる。えげつないといえばえげつない。いわゆる“文学”“私小説”にまで昇華されているかというと、むずかしい。生々しすぎることは別にしても、もうちょっと“自分を嗤う”面があってもいいんじゃないかと思うのだ。そんなつまらん男となぜ十四年だか十五年だかも一緒にいたのかとか突き詰めれば、結局自分の男を見る目がないということだしね。
 しかしまあすごいということは確か。ともだちにはなりたくねえ(笑)。(2001.5.9 黒鼻)

★★★


「本の旅人」連載を単行本化とあるけど、またこの話? という気分がぬぐい去れない。いったい何のために、これほどまでに実体験を語り続けるのか。そしていつ終わるのか。折りも折、自堕落な前夫のせいで230万のコピー機の買い取りを迫られるという話を「通販生活」の漫画で読んだばかりだった。別れた男が未曾有のあんぽんたんだったということには心から同情するが、相手に反論の余地及び場がないのなら、いっそ黙ってるほうが恰好いいんじゃないのか。この人、黙っててもじゅうぶん恰好いいと思うのだが。内田春菊の出産と結婚と出産と妊娠と離婚と結婚と出産と、3人の子供のことが詳しく知りたい人向き。(2001.5.29 白耳)

★☆


江國香織・文 山本容子・画

講談社 1000円 [Amazon]

 犬本。解説不要。問答無用。犬好き落涙必至。クリスマスプレゼント向き。(2000.11.17 白耳)

★★★☆


 2000.11.1初版。『つめたいよるに』所収の短編を絵本化。
 10分で読めてしまうけれど、最後もきっちりわかっちゃうんだけれど、犬好き動物好きにはたまらないお話。キスは、ねえ……泣けるねえ……。
 不満があるとすれば……プーリーだって書いてるんだから、ちゃんとそれっぽい犬を描いてくれよお、ってことでしょうか。(2000.11.26 黒鼻)

★★★☆


荻原浩

双葉社/双葉文庫 695円 [Amazon]

 2002.10.20初版。単行本は99年10月刊。
 なんとも説明がしづらいのだが、いわゆるハードボイルド小説を期待するととんでもないことになるので、それだけは明記しておかなくてはなるまい。なんというか……ユーモア・ハードボイルドですかな。
 フィリップ・マーロウにあこがれる私立探偵が、ひょんなことから雇うことになった秘書の片桐綾とともに、殺人事件の犯人を追う――。
 などというとごくまっとうなハードボイルド・プライベートアイ小説のようだが、そうは問屋が卸さない。
 実は探偵の仕事は×××××であり、片桐綾は×××で、犯人は×なのである。伏せ字多すぎますか。べつに明らかにしても問題ないような気もするけど。立ち読みすればすぐわかるし。まあいいか。
 てなわけでハードでボイルドなユーモア物です。なんじゃそりゃ。
 笑いというのはじつに、ねえ。お客さんを泣かせるのは簡単だが、笑わせるのは難しい、というのは洋の東西を問わず、映画でも演劇でも言われていることですが、小説もまた同じ。
 この作品についていえば、笑いについては、まだまだきびしい。狙っているところはわかるんだけど、文字で読ませて思わず噴き出させるというのはちょっとやそっとじゃできないってことです。
 いっぽう、泣かせは充分。油断させといて、最後にじわっときました。ちょっとくやしい(笑)。
 最近なにかと話題の著者は56年生まれ。『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞を受賞してデビュー。この『オロロ〜』は倒産間近な広告代理店が、過疎の村をCIするというとんでもない話でありまして、つまり著者は根っからユーモアの人なんですが(近ごろはシリアスなものも手がけている様子)、精進していただきたい、とかように思うわけです。(2002.11.21 黒鼻)

★★★☆


乙一

集英社/集英社文庫 590円 [Amazon]

 2002年7月刊の『石ノ目』改題。タイトルに「犬」がつくとなんでも買っちゃう人は早まらないように。
 天才・乙一の新世代ファンタジーホラー作品集。肌に棲む犬と少女の不思議な共同生活を描く表題作「平面いぬ。」ほか、その目を見た者を石に変えてしまうという魔物の伝承をめぐる怪奇譚「石ノ目」など4編。
 4編ともとっかかりはどこかで聞いたような話だが、そこからの展開が巧みで味わい深い作品に仕上がっている。とくにアンデルセンの「鉛の兵隊」を彷彿とさせる「BLUE」が印象に残った。この痛々しい愛らしさ、ただ者ではない。590円はお買い得。
 ところで集英社の「Web 乙一」に「若い頃に書いた恥ずかしい作品が収録されています」とあるが、「若い頃」とは大学3年のときのことらしい。25歳の人にそんなこといわれてもなあ。あはは。将来期待。(2003.7.8 白耳)

★★★★☆

▽期間限定「Web 乙一」
 http://www.shueisha.co.jp/otsuichi/


笠原靖

光文社/光文社文庫 533円 [Amazon]

 2001.12.20初版。親本は1993.6講談社刊。著者は織田作之助賞を受賞してデビューしたとのことだが、はじめて知りました。年齢もなにも書いてません。たぶんけっこう爺さんだと思う。
 で……。ううむ、どう説明すればいいのか。カバー表4より引用。

沢雅人の盟友ともいうべき犬リキがヤクザに連れ去られた! 沢は空手を武器に奴らを倒し、闘犬として売られた事実を知るが……すでに勇猛なリキは厳寒の東北路へと逃走していた。
やがて舞台は日本を離れアフリカへ――。壮大な冒険ロマン!
 いやこれだけ読めばなんか感動の動物本という感じなんですがね(そ、そうか?)。見事にだまされました。すごいです。すっげえです。壮大な冒険ロマン、それ以外のなにものでもありません。
 読む人いないと思うので一通り書いちゃいますが(念のために見えなくしておきますが、読まないって人はドラッグして反転させてどうぞ)、主人公強いです。空手が超強いです。隣の家にきたヤクザ二三人やっつけちゃいます。で、盗まれた犬を取り戻しに走ります。そもそもその犬を飼うことになったきっかけというのもすごくて、チンピラにからまれて困っていた女子大生を助けたからなんですよ。その女子大生は今やテレビ局の美人アナウンサーなんです。でもふたりは清い関係。犬を助け出しに行ったら、もう逃げ出したあとでした。犬はひとりで東京を目指します。野犬だのなんだのと戦って勝ちます。犬も超強いです。でもいよいよ絶体絶命のピンチというところでは、たまたま通りがかった親切な人に救われます。しかも元獣医だしな。ガキも出てきますが、異様な言葉遣いです。「すばらしい落日だった」(p221)とか言います。小学生なのに。助けられてめでたしめでたしとはいきません。そうです、“舞台は日本を離れアフリカへ”なのです。無茶や。
 と、まあこんな具合です。どっちかというと「ト」(トンデモ本)です。あとがきによると、著者はアフリカが好きで、犬が好きで、空手が好きなんだそうです。すごいや。そのまんまじゃねえか。
 笑えます。勧めないが。(2002.2.24 黒鼻)

∴(保留)


熊谷達也

集英社 1600円 [Amazon]

 新田次郎の作品を読んでいるようだと思ったら新田次郎賞受賞者だった。
『漂泊の牙』で第19回新田次郎文学賞を受賞した著者の小説集。初出「小説すばる」ほか。全9話。荒ぶる自然への畏れと挑戦。山背が吹きつける東北の地で自然を生業とする男たちの物語。
 男たちの生業は、潜水夫、マタギ、漁師、鉄砲撃ちなど。映画にするならぜひ高倉健でお願いしたい。自然や生き物を相手にする仕事とは、「待つ」ことだということが身に染みてわかる。そして些細なミスが死に繋がる。圧倒的「男の世界」である。父性の喪失が叫ばれて久しいが、改めて確認したい向きは本書を読むといいだろう。北上川で水運を営む老夫婦の危機を描く「■船」(ひらたぶね/■=舟+帶)、山神の化身と畏れられる熊を追う熊撃ち名人の「皆白」いい。
 さて、そんな自然のダイナミズムには欠けますが、犬話入ってます。少年と飼い犬の出会いと別れを描いた「メリイ」、貧農の次男が出くわした不思議な山犬の「御犬殿」。双方甲乙つけ難いが、やはり少年と犬を描いた「メリイ」だろう。主人公はある日、亡父のカメラの中に残された古いフィルムを現像する。写っていたのは少年時代のじぶんと愛犬メリイ。メリイは犬嫌いだった主人公が、山で炭焼きをする祖父から譲り受けた犬だった。落涙必至。おすすめ。(2002.11.17 白耳)

★★★★☆


谷口裕貴

徳間書店 1600円 [Amazon]

 2001.5.31初版。第2回日本SF新人賞受賞作。著者は1971年和歌山県生まれ。
 SF新人賞ってえぐらいですからガチガチのSFです。なにしろ装画が生〓(頼の旧字)範義だし(なつかしー)、植民惑星あり宇宙船あり精神感応者ありで、若いころならともかく、最近じゃちょっと手に取らないようなタイプの本。
 それをなんで読もうと思ったのか。犬だから、です。ピジョンというこの惑星には「犬飼い」というのがおりまして、犬と精神感応して操ったりするんですわ。使い方としては牧畜だったり狩猟だったりで、いまとさほど違わないのですが、しぼりたての牛乳を運ばせてその振動でバターにしちゃう(無理なんだけど、そーゆー売りで商売しようとかするのよ)なんてことも出てきます。
 地球からの進駐軍に支配されてしまったピジョンの連中が、なんとか自由を取り戻そうとするお話で、ま、よくあるタイプではあります。が、反乱軍(軍じゃないけど)に犬どもが加わっただけで、こんなにも感情移入してしまうのはわれながら問題だと思う(笑)。いやもうたまらん。元SF少年少女で犬好きだったら読む価値ありとみた。
 新人の第一作ですから文章など未熟な部分は多く、完璧とはいいがたいが、よしとしよう。二作目も犬関係だったら買ってやるからがんばれよ(←えらそう)。(2001.5.29 黒鼻)

★★★★


筒井康隆

岩波書店 1800円 [Amazon]

 2002.1.24初版。筒井康隆先生の長篇書き下ろし。“マジック・リアリズム”で描く、愛の冒険、だそうです(帯)。
 時代は近未来、「いま」からさらに状況が悪化し、“不良”が跋扈する日本。幼いときに犬に咬まれ、片腕が不自由になった小学六年生の少女が、行方不明の父を探すという物語。
 ああ、なんか、他愛ないんだが、いいなあ。タイトルが意味不明なようでいて、実に意味アリなのだな。
 もちろん、犬が出てくるから、というのもある。あるのだが、しかもこのもうすぐ70になろうという御大の書き下ろしだからというのもあるんだけれど、それでも、いい。
 最近の新聞紙上でのインタビューで、あれこれ語っておられたが、それすらも、もう、いい。
 ファンタジーである。必ずしも嬉しい楽しい出来事だというわけではないが、これはファンタジーだ。小学生から中学生に成長するこの主人公は、そのファンタジー世界に生きている。美しい世界ではない。むしろ邪悪な世界だ。それでも彼女は成長する。いやおうなしに成長する。
 ううむ、ほかにもあれこれ言いたいことはあるのだ。しかし、筒井康隆が好きじゃない人には言っても意味がない。好きな人であれば言う必要がない。ようするにそういうことだ。読む価値、アリ。
 この本で大切なのは(犬好きにとって、だ、もちろん)、主人公を支える要素として、「犬」が出てくることである。主人公は幼少時に犬に咬まれた、そして片腕が使えなくなった。しかし、だ。彼女は犬を恐れない。なぜならば、犬と語り合えるからだ。むろん、それは絵空事かもしれない。しかし、犬とともに生きる人間は、それを信じている。信じていなければ犬と暮らす意味がない。そう思うのである。(2002.2.20 黒鼻)

★★★★


 筒井康隆の長編書き下ろし。マジック・リアリズムで描く、愛の冒険。
 幼いころに犬に咬まれ片腕が不自由な少女。母を亡くした愛は仲良しの大型犬を連れ、行方不明の父を探す旅に出る。
 ああ、なんていい作品なんだろう。『旅のラゴス』を思い出してしまった。ルビは若年者向けなのだろうが、いい大人こそ、こういう本を読むべきだ。
 老人にもいろいろいるが、わたしはいつの時点でか「終わっちゃってる」老人が嫌いだ。古くさい価値観にしばられ、退屈極まりない話しかできないくせに妙にエバったりする。誠に申し訳ないが、できれば近寄りたくない。筒井康隆は間違いなく「終わらない」老人だ。心から長生きしてほしいなあと思う。(2002.3.6 白耳)

★★★★☆


藤堂志津子

集英社 1500円 [Amazon]

 初出「小説すばる」2000.1〜2002.8。“大人の男女に贈る”短編集。表紙はキジ猫。表題作「秋の猫」は、浮気癖のある恋人と別れ、猫を飼う女を描く。収録5本すべて犬猫がらみです。「秋の猫」猫、「幸運の犬」犬、「ドルフィンハウス」猫、「病む犬」犬、「公園まで」犬。
 離婚する夫婦の愛犬をめぐる攻防を描いた「幸運の犬」いい。
 いつ読んでもぶれの少ない安心感のある藤堂作品だが、今回は5本中2本が、女が主に生活のために男に取り入る話だというのがちょっと気になる。そういうのが“大人”だということか。(2002.12.10 白耳)

★★★★


乃南アサ

新潮社/新潮文庫 705円 [Amazon]

 2000.2.1初版。第115回直木賞受賞作の文庫化。親本は96年4月刊。
 直木賞が決まったときは、たしかとっても意外で、ぜったい『蒼穹の昴』だろうと思っていたら大はずれ、がっかりした記憶があります。だからハードカバーでは読むものかと、知らないふりをしておったのですが、文庫化を機に読んでみました。
 んー。まあ、普通、かなあ。
 犬(ウルフドッグ)が出てこなかったら評価はしないかも。それなりの緊迫感や躍動感はあるんだけど、でも物足りない。結局、警察組織内での、一匹狼的女刑事と男社会を代表するベテラン刑事の対比なり相互理解なりといったテーマが押しつけがましく、掘り下げ方も浅いような気がする。(2000.2.23 黒鼻)

★★☆


古川日出男

文藝春秋 1714円 [Amazon]

 2002年に『アラビアの夜の種族』で第55回日本推理作家協会賞と第23回日本SF大賞をダブル受賞した古川日出夫の書き下ろし作品。第133回直木賞候補作。
 1943年5月。アリューシャン列島アッツ島の玉砕を受け、日本軍はキスカ島からの全員撤収の「ケ」号作戦を敢行。島には4頭の軍用犬が置き去りにされる。北海道犬の北、ジャーマンシェパードの正勇、勝、そしてエクスプロージョン。モウ誰モイナクナッタノダ――自分たちは捨てられたという事実を犬たちは理解する。そして米軍が上陸し1頭は死ぬが、3頭は保護される。間もなくエクスプロージョンが出産。彼らを祖とする犬たちはやがて世界中に散らばって行く。
 もうひとつ、並行して語られるのがソ連のスプートニク号5号に乗った2頭、ベルカとストレルカを祖とする犬たちにまつわる物語。この2系統は後に交わることになるが、その頃になるともう、どれがどの子やら。簡単な系譜でもつけてくれないものかと思うが、「ガルシア・マルケスの『百年の孤独』に学んでつけなかった」と〈WEB本の雑誌〉のインタビューで著者自身が語っている。ふむ。
 犬の年代記を通して描く戦争の世紀。こんなアプローチがほかにあっただろうか。天空の高みから語りかけるような文体に多少難渋するが、読み進むにつれ強く引き込まれる。340余ページとは思えないほどの重厚な読後感。この壮大な物語を堪能するためには丁寧に読むことをおすすめする。(2005.10.3 白耳)

★★★★☆

▽文藝春秋公式サイト「自著を語る」  「二十世紀をまるごと書いた」古川日出男


松尾由美

光文社 1700円 [Amazon]
光文社/光文社文庫 533円 [Amazon]

『バルーン・タウンの殺人』でハヤカワSF新人賞を受賞した松尾由美の書き下ろし恋愛ミステリ。表紙はなんだかやけに表情に乏しいビーグル犬のイラスト。
 二十九歳の江添緑は、下北沢の街で同じビーグル犬を連れた林幹夫に出会う。二頭は姿形がそっくりで名前も同じ「スパイク」。緑は青年に電話番号とメールアドレスを教え、また会う約束をする。だが、約束の日、幹夫は現れなかった。アパートの部屋で「あの人、どうして来なかったんだろう」と独りごとをいう緑に「まったくだ。どうしてだろうね」と応じたのは、犬のスパイクだった! 人間の言葉を話し始めたスパイクは、緑にある事実を打ち明ける。
 パラレルワールドもの。この人の書くものは、なんというか、とてもかわいい。少女期からの空想癖を引きずっている女友だちの話を、酒も飲まずに延々聞かされているような気分になる。かわいいので、多少の齟齬や誤謬は見逃してやってもいいか、みたいな。そうこうしているうちに力業でねじ伏せられる。つまらないと言っているのではない。ようは好き嫌いの問題。
 パラレルワールドものは内容の硬軟にかかわらず丁寧に読む必要があるため、忙しく、気分がささくれ立っているときなどには向かない。年末年始休暇におすすめ。(2002.12.10 白耳)

★★★★


 2004.11.20文庫化。
《長編恋愛ミステリー》とカバーには書かれている。まあ確かに恋愛っぽくもあるし、謎はあちこちにあるからミステリーでもある。しかしやはりこれはSFであると――とても質のよいSFであると断言したい。
 散歩の途中で、自分の犬と同じ種類の犬を見かけると――内心は自分の犬が一番かわいいと思ってはいても――なんとも嬉しくなる。その犬が、同じ犬種というだけでなく瓜二つのそっくりさんだとしたら……。飼い主同士も同年代の独身男女カレシカノジョなしであれば、話も弾もうというものだ。物語はそんなところから始まる。
 なんとなくお互いに。いいな、と思い、次に会う約束までしてしまう。しかし約束の日時に相手が来ない。それだけなら確かに普通の恋愛小説だ。だが、この小説は思わぬ方向へ進んでいく。
 あとは、読んでのお楽しみだ。ビーグル好きであろうとビーグル嫌いであろうとビーグル普通であろうと(近所のビーグルでいうとPちゃんは吠えかかるのでテスの天敵だが、Eちゃんは人当たり――犬当たりか――がよくて仲良し。ようするに犬種によるのではなくて個犬差や相性なんですね)、犬が好きなら読んでみてほしい。(2005.2.4 黒鼻)

★★★★


三羽省吾

新潮社 1300円 [Amazon]

 第8回小説新潮長篇新人賞受賞作。
 三流大学の四回生に籍を置くイズミは、一年ほど前に「くだらない事情」で始めた肉体労働がやめられない。その理由は、達成感とか満足感という立派なものではなく、仕事帰りに飲むビールの旨さにあった。
 著者は1968年岡山県生まれのコピーライター。主人公イズミは中堅型枠解体業者「マルショウ解体」で働いているが、著者本人が実際にやっていたとしか思えない。仕事仲間のキャラクターや建設業界の裏事情などなど、取材しただけではこうもリアルに書けまい。「ナニワ饒舌文体」と評される、まるで速射砲のように繰り出される軽妙な文体が、現場の「気分」をよく乗せている。チンピラまがいのゴンタクレ、アル中、シンナー中毒、留学生くずれ、リストラされたおやじなど、ワケあり人間を丸ごと引き受けているマルショウ解体の親方いい。立ち飲み屋の近くのガード下で、赤目を光らせておこぼれを狙うのら犬の“ヨゴレ”も欠かせないキャラクターだ。汗、恋、喧嘩、ツユだく大盛りの青春成長小説。楽しく読んだ。おすすめ。(2003.9.6 白耳)

★★★★


ワン・ワールド 輝く犬が降る夜に

米山公啓

廣済堂 1200円 [Amazon]

 犬短編集。カバー犬写真、本文中モノクロ犬写真ページ有りの、犬と人間のメルヘンなお話10本収載。
 眠い。一編毎に挿入されている詩もなんだか……。犬との付き合いにロマンティシズムを感じる余裕のない粗野な読者です、はい。(1999.6.14 白耳)

★☆