犬本―【海外/ハ】―その1


バベルの犬 The Dogs Of Babel

キャロリン・パークハースト Carolyn Parkhurst

小川高義・訳 角川書店 1800円 [Amazon]

 2004.10.30 初版。原著(c)は2003年。
 言語学者である私は、妻を亡くしてしまう。原因は自宅の庭にあるリンゴの木からの転落死。そのとき現場にいたのは、愛犬ローレライ。妻の死は事故だったのか、それとも自殺だったのか。目撃者は犬のみ。犬に言葉を教えこみ、真相を知りたい――私はその思いを抑えることができなかった。
 となれば、ふつうならば、ファンタジーがかったSF小説になっていって、犬とのコミュニケーションが(成功するにしろ失敗するにしろ)中心になりそうなものですが――そしてそっちのほうが個人的には好みなんですが、これはそういう本じゃなかった。そういう意味では期待外れの一冊。
 犬に言葉を教えるという実験もするんだけれど、妻と知り合ったきっかけや結婚にいたるまでのプロセス、そして結婚生活が、カットバックで挿入されていく。さらには、“外科的な”方法で犬に喋らせようとするカルト団体(動物虐待団体というべきか)まで出てきてしまう。
 期待外れと書いたが、じゃあ読まなければよかったかというとそうではない。感動がなかったというとそうでもない。感動は、別のところにあった。夫婦愛に。そして犬への愛に。
いや、別に彼ら夫婦の関係に感銘するとかそういうんじゃなくて……どちらにも同情はできないんだけど……でもなにか残るものがあるんですな。
 これじゃわけわかんないか。もっとくわしく書きたいところだが、そうもいかないのでした。
 ローレライはローデシアン・リッジバック。Googleのイメージ検索ではこんな感じです。JKCのローデシアン・リッジバックのページはこちら。カバーにもそれらしき犬が描かれているが、ミニチュアダックスかなんかにしか見えません。もうちょっと勇ましい犬でしょう。体高60センチ以上、体重30キロ以上。なんといったって、ライオン狩りに使われてたんだから!(2005.1.7 黒耳)

★★★★


バスターのきもち Buster's Diaries As Told To Roy Hattersley

ロイ・ハタズリー Roy Hattersley

山田久美子・訳 朝日新聞社/朝日文庫 620円 [Amazon]

「男」と暮らすようになったおれは堕落しちまったようだ。こころならずも愛想をふるまくし、尻尾も振っちまう。まあ、そのうちどっちが上だか思い知らせてやるつもりだけどな――ジャーマン・シェパードとスタッフォードシャー・ブルテリアの間に生まれたバスターが、英国労働党議員のハタズリー氏に口述した日記。
 犬や猫がしゃべり出すと、とたんにむずむずしてしまうために、長らくつん読状態であったことを正直に告白しておく。いや、でも読んでよかった。これほどウィットに富んだ「犬本」はほかにないだろう。子犬の頃に母犬を失い、野犬収容所などに収用されたこともある来歴からか、語り口調は粗野で生意気であるが、それこそが決め手であった。たとえばこんなかんじ。日本人が出てくるシーンから引く。

けさは、すいぶん早くバッキンガム宮殿を通ったのに、外の道路は人でごったがえしていた。たぶん日本人だ。たいがいそうだから。日本人は犬と同じで、群れの動物なんだ。(中略)彼らはいつも、人間と犬が一本の紐で結びつけられているのを初めて見たという顔をしておれたちを見る。けさ、そのなかのひとりがおれにカメラを向けて、盛大にフラッシュをたいた。おれが吠えると、〈男〉が言った。「日本では犬を食べるんだぞ。もう一度吠えたら、お前を朝食に持ち帰ってもらうからな」(p.134)
 姿や行動はよく似てるかもしれないけど、犬を食べるのはお隣の国だということをいちおうお断りしておく。「犬好き」必読の書。
『この本はおれが書いた。わぉぉぉぉ〜〜ん』という帯の文句、たいへん気に入りました。(2003.10.31 白耳)

★★★★★

▽バスターの公式サイト
 http://www.busterhattersley.com


アンジュール ある犬の物語 Un Jour, Un Chien

カブリエル・バンサン Gabrielle Vincent

BL出版 1300円 [Amazon]

 ある日、犬は疾走する車の窓から投げ捨てられる。犬は車を追って走り、あきらめ、佇み、また歩き出す。長いさすらいの日々。やがて犬はひとりぼっちの子どもと出会い――。
 鉛筆デッサンだけで描かれた絵本。活字はなく、すべて絵によって綴られた物語である。だが、この説得力はどうだ。投げ捨てられた犬が全速力で車を追い、やがて見失い、うなだれ、そして別の車の気配に顔を上げる最初のシーンだけで、胸がしめつけられる。せつなくてやり切れなくなる。本書を手に取った人は、すべての犬の悲しみと喜びを知ることができるだろう。こんな絵本があったとは!(2002.9.10 白耳)

★★★★★


犬嫌い Barking At Butterflies And Other Stories

エヴァン・ハンター Evan Hunter

嵯峨静江・他訳 早川書房/ハヤカワ・ミステリ 1100円 [Amazon]

 ひさしぶりのポケミス。犬タイトルで即買いです。エヴァン・ハンターの短編集。エヴァン・ハンターはエド・マクベインの別名ですね。
「小さな小さな欲望 Short Short Story」変態雑誌に投書するいたって壮健な76歳。
「馘首 The Beheading」演出家交代。
「誕生パーティー The Birthday Party」クリスマスと誕生日が一緒。
「映画スター The Movie Star」キム・ノヴァック。
「犬嫌い Barking at Butterflies」妻のいまいましい犬は、なににでも吠える。
「モーテル Motel」逢い引きを重ねる不倫カップルの行く末。
「真夜中のドアベル The Intruder」いわゆるピンポンダッシュ。
 老人の投書の体裁をとった「小さな小さな欲望」、女優のキム・ノヴァックにそっくりなOLの生活を描いた「映画スター」いい。「犬嫌い」は期待ほどでもなし。登場犬はマルチーズ・プードルとある。マルタ産のプードルということだろうか。(2002.7.4 白耳)

★★★★


LOST  ロスト Lost And Found Pet Posters From Around World

イアン・フィリップス Ian Phillips

株式会社トランネット・訳 アーティストハウス 1200円 [Amazon]

 著者が10年かがりで世界中から集めたという「ペット探し」のチラシ100枚を収録した本。気分がふさぐときは読まないほうが無難。読むというより見るか。どの国の人もいなくなったペットを探す気持ちは同じである。巻末の「迷子ペットのポスター作りのヒント」は親切。ただ、書き文字ふう書体がわたしのようなばあさんには読みづらい。(2003.3.30 白耳)

★★★★

▽「LOST」委員会の「LOST&FOUND」運動
 http://lostandfound.artisthouse.co.jp/


わたしを見かけませんでしたか? Has Anybody Seen Me Lately?

コーリイ・フォード Corey Ford

浅倉久志・訳 早川書房/ハヤカワ文庫 700円 [Amazon]

 このごろの階段は、むかより勾配がきつくなったように思う。わたしたちの時代に比べて、いまの学生は非常に礼儀正しい。みんながわたしに「サー」と呼びかける――中年男性の悲哀をユーモラスに描き、そのあまりにも身につまされる内容から盗作が相次いだという名作『あなたの年齢当てます』をはじめとする、日常生活のスケッチ19篇。著者は1902年生まれの「ユーモア・スケッチの第一人者」。故人です。
 発表年が1949〜1957年と古いが、じゅうぶん楽しめる。パーティーなどに招かれて、気の利いたことのひとつも言わなければならないはめに陥ったときに有用かも。ただし中高年男性「同士」限定。若い人にはスベリまくるか無視されるかのどちらかであろう。
 以下、愛犬マニュアルならぬ「愛人マニュアル」より抜粋。

「2 人間の選び方」より。
 まず第一歩は、自分に合った人間を選ぶことである。子犬は細心の注意をはらって選択をおこなうだけでなく、決断する前に犬舎の外のあらゆる状況を頭に入れなくてはならない。(中略)
 なによりもたいせつなのは、犬に呼ばれたらいそいそとやってくる人間、利口で、気立てがよく、健康な人間を見つけることである。これはと思う相手に前足をあずけたら、歯ならびがいいか、歯ぐきは丈夫か、口臭はないか、目が澄んでいるか、扁平足ではないか、血色はいいか、表情はどうか、こうした点を注意深く観察しなくてはいけない。(p.165-166)
「4 高度な服従訓練」より。
 たいていの人間には、先天的に物を拾う癖が備わっているため、犬がすこしおだててやれば、平均的な人間でもとびきり優秀なレトリーバーになれるのだ。(中略)
 人間はボールを居間の一端に持っていき、二、三度つばをつけてから、敷物の上でボールを犬のほうへころがし、同時に、「とって!(フェッチ)」とさけぶ。犬はそのボールが自分の横を通りすぎて、書棚の下にもぐりこむのをじっとながめる。それを見て、人間は居間の反対側まで行き、四つんばいになってボールを書棚の下からかきだし、ズボンでゴミを拭きとってから、犬のほうにころがし、「とって!」とおなじ言葉をくりかえす。(p.178)
 なんか、とってもなごみません?(2004.10.28 白耳)

★★★★


フリスビードッグ Frisbee Dogs

ピーター・ブルーム

ペットライフ社 1800円 [Amazon]

 著者は――1976年世界フリスビー大会男性部門チャンピオン。愛犬ウィザード(ボーダーコリー)をワールドチャンピオンにし、人間と犬の両方でチャンピオンになった唯一の人。ウィザードは無敵のまま引退。フリスビー・ドッグの最高名誉のアシュレイ・ウィペット栄誉殿堂入りを果たす――という、すごい人、と犬。フリスビーの歴史に始まり、犬とディスクの基礎知識、基本トレーニング、上級者向けトレーニング、競技会及びルール、競技会に勝つ方法、また、犬との移動手段まで網羅した内容。本格的に始めたい向きには大いに参考になること間違いなし。とくに犬とのコミニュケーションについては一読の価値あり。フリスビーしない人と犬もぜひ。(白耳)

★★★★★


25時 The 25th Hour

デイヴィッド・ベニオフ David Benioff

田口俊樹・訳 新潮社/新潮文庫 629円 [Amazon]

 厳冬のニューヨーク。モンティはあす収監される。刑期は7年。刑務所で若い白人男性を待ち受ける運命は恥辱に満ちている。選択肢は服役、逃亡、自殺――モンティは愛する者たちと淡々とした一日を過ごす。
 ひとりの若者が刑務所に収監される前日を描いた作品。終盤、連邦刑務所に向かうモンティが思い描く、もう一つの人生は胸を打つ。スパイク・リー監督で映画化。映画ではダルメシアンが演じているモンティの愛犬ドイルは、作中ではピットブル。(2004.3.23 白耳)

★★★★


ドクター・ヘリオットの犬物語 James Herriot's Favourite Dog Stories

ジェイムズ・ヘリオット James Herriot

大熊栄・訳 集英社 2100円 [Amazon]

 1995年に亡くなった著者が「特に気に入っていた犬に関するエビソード」10篇を収載。表紙ボーダー・コリー。10篇のうち2篇がボーダーコリーの話。
“一九三〇年代の半ばにあっては、動物は重要度に応じて等級がつけられていた。馬、牛、羊、豚、そして犬という順番だった”という時代に、グラスゴー獣医科大学で「馬の医者」になることを決定されたヘリオット青年は、「ほんとうになりたかったのは犬の医者だった」。ノース・ヨークシャーのダロウビーという街でアシスタント獣医の口を見つけるが、勤務先は大型動物診療所。しかし、馬をほかのどんな動物よりも好んでいた同僚のおかげで、犬や猫の治療にあたることになる。
 繰り返し登場する、大金持ちの未亡人に溺愛されるペキニーズ、トリッキー・ウー。往診のたびにカーチェイスを挑んでくるボーダーコリー、ジョック。まさに“傑作選”である。(白耳)

★★★★★+☆


世にも有名な犬たちの物語 La Vie Des Chiens Celebres

ピエール=アントワーヌ・ベルネム Pierre-Antoine Bernheim

檜垣嗣子・訳 文藝春秋 1905円 [Amazon]

 有名人に愛された犬たち、名作の中の犬たちをめぐる、愛すべきエピソード集。
 ひとつひとつのエピソードは確かに愛すべきものですが、こうたくさんあると眠い。うう。エドワード八世だかウィンザー公だか、ナントカ女王だかナントカ卿だか、こんがらがってなにがなんだかわからなくなる。寝しなの拾い読みにおすすめ。
 訳者あとがきにパリの犬糞専用清掃車のことが出ている。導入は1982年。正式名称は「カニネット」で、パリの人々はこれを「モト=クロット(モトは二輪車、クロットは糞)」というあだ名で呼んでいる。そしてカニネットに続く市の糞対策第二弾が「カニゼット」。犬専用のおしっこ・うんち場で、道端に犬のシルエットと矢印がペイントしてあるという。ぜひ見てみたいので、パリの人は写真を送るように。(2002.7.5 白耳)

★★★





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