犬本―【海外/マ】―その1

ジェインに舞いおりた奇跡 Plain Jane

ファーン・マイケルズ Fern Michaels

中村凪子・訳 ソニーマガジンズ 800円 [Amazon]

  ルイジアナ州の小さな街レインで生まれ育った精神科医のジェイン。人気ラジオ番組を持ち、町の歴史記念物に指定されるほどの古い屋敷に愛犬と暮らす、いわば成功者であるが、ちょっぴり太めで冴えないために、私生活はぱっとしない。少女時代に美しい母親から「プレイン・ジェイン(おそまつジェイン)」と呼ばれた心の傷をひきずってもいる。そんなジェインのクリニックに、ある日ひとりの男性患者が訪れた。彼の言動に12年前の悲惨な事件の陰を見たジェインは、死んだ友人への思いから捜査を開始する。
 アメリカではベストセラー・リストの常連で、70冊超の著書は合わせて6千万冊売れたという超人気作家の本。冴えない精神科医ジェインの恋の行方を描いたロマンス小説でもあるが、そのジェインが学生時代の事件を追うミステリでもあり、すべての登場人物の選択と決意の話でもあり、そして犬たちの物語でもある。
 ジェインの名付け親で作家のトリクシーいい。次に登場するのが待ち遠しいくらい。同業者で恋人のマイケルは魅力不足(というか、はっきりいって役立たず)だが、ロマンス小説の男役としてはイケてるほうか。
 カバーに犬の絵が描かれていることからもわかるが、本書執筆のきっかけは、どうやら犬のようだ。著者はある朝、テレビニュースで1頭のK9(警察犬)の死を知る。予算不足で防弾チョッキを着ていなかったために殉職したのである。5頭の犬と暮らす著者は心を打たれ、K9用防弾チョッキを22着、州に寄贈。その過程でK9のことを学び、7歳で引退する彼らの里親探しに協力することになった――と、これは本文に入る前の「読者のみなさまへ」より。作中に登場する警察犬フラッシュは「幸いにもわたしがめぐりあうことのできた犬の集大成」ともある。どんな物語になったのかは、読んでのお楽しみ。

 〈登場する犬たち〉
 ジェインの愛犬オリーヴはスプリンガー・スパニエル。ジェインの名付け親トリクシーが引き取る警察犬フラッシュはベルジアン・マリノア。ジェインの屋敷に住む幽霊ビリーの相棒ジーター(この犬も幽霊)は「茶色と白のぶち犬」。中盤で仲間に加わるゴルダは「黄色のラブラドール」。そして最終的には130匹以上の訓練犬が登場。(2004.10.6 白耳)

★★★★☆

▽著者はこんな人
 http://www.fernmichaels.com/


冬の犬 Winter Dog

アリステア・マクラウド Alistair MacLeod

中野恵津子・訳 新潮社/新潮クレストブック 1900円 [Amazon]

 カナダ東端の厳冬の島ケープ・ブレトン。動物たちとともに祖先の声に耳を澄ませながら生きる人々がいる――人生の美しさと哀しみに満ちた8篇。表題作は、力は強いが「まったく役に立たない」犬と少年を描く。忘れられない思い出として語られる猛吹雪の日の秘密。

 犬が私たちと暮らしたのは短い年月で、いわば自業自得で自分の運命を変えたのだが、それでもあの犬は生きつづけている。私の記憶のなかに、わたしの人生のなかに生きつづけ、そのうえ肉体的にも存在しつづけている。この冬の嵐のなかで、犬はそこにいる。耳と尻尾の先端が黒く、家畜小屋のなかや、積み上げた薪の山のわきや、海に面した家のそばで体を丸めて眠っている、あの金色と灰色の混じった犬たちのなかに。(p.75)
 心にしみわたる傑作8篇。おすすめ。(2004.3.21 白耳)

★★★★☆


名犬ノップ Nop's Trials

ドナルド・マッケイグ Donald McCaig

大西央士・訳 集英社 2300円 [Amazon]

 ボーダー・コリーのノップは、農場主ルイス・バークホルダーのパートナー。牧羊犬競技会のチャンピオンでもあるノップは、ライバル飼い主の陰謀で誘拐されてしまう。過酷な運命に翻弄されるノップ。懸命に行方を探すルイスと再び巡り会えるのか――。
 知る人ぞ知るボーダー・コリーの名著。「迷い犬世直し旅」ふうの話ではない。犬は犬、人は人として望むべくもない運命に立ち向かって行くという、骨太な作品である。

 ノップは白黒のボーダー・コリーで、耳のところにふさふさした茶色い毛がはえていた。走るときはいつも映画スターのスポーツカーのように身を低くして、まさに流れるようだった。鳥猟犬をつれて狩りをする人なら、羊の群に近づくノップの姿を見ると、「ポイント」の姿勢をとったときの鳥猟犬によく似たところがあるのに気づくだろう。(p.11-12)
 ボーダーの飼い主さんなら、上記のような記述に思わず頷いてしまうことでしょう。映画『ベイブ』でもおなじみのトライアルの場面秀逸。読み応えあり。続編『名犬ホープ』(NOP'S HOPE) も集英社から出ています。まだあるのかなあ?(2000.8.29 白耳)

★★★★☆


名犬ホープ Nop's Hope

ドナルド・マッケイグ Donald McCaig

大西央士・訳 集英社 2200円 [Amazon]

『名犬ノップ』の続編。ホープはノップの子。夫と娘を交通事故で亡くしたペニーは、心の空白を埋めるために、ボーダー・コリーのノップを訓練して、アメリカ各地の競技会を転戦する旅に出る。目標は全米牧羊犬競技会決勝大会への出場。
 牧羊犬競技会とは、ハンドラー(羊飼い)と牧羊犬一頭とで、羊の群を誘導しながら規定のコースを回り、柵に追い込む競技である。日本国内でもちらほらと開催されているようだが、本場(なのか?)では、転戦して賞金稼ぎができるくらい盛んなのですね。犬の「機能」や訓練のテクニックについての本は多いと思うけど、本書のような小説から学ぶことのほうがよほど役に立つような気がする。(1999.10.12 白耳)

★★★(えこひいき)


マコ著 ロバート・ワイマント協力)

加瀬秀明・訳 講談社 1600円 [Amazon]

 ワイマントは犬連れ記者。マコは首輪に記者証をつけて朝日新聞社内を歩き回っており、取材にも同行、動物関係はもちろんのこと、皇族やトヨタの社長に会うときも犬連れ。「外人だからしょうがねえや」という受け入れ側の諦観が見えるような気もするが、幼稚なリクツを振り回すエゴ団体に比べれば、ひとりでやってるだけマシである。その一徹さ(無頼というべきか)には羨望すら感じる。
 惜しむらくは内容のユルさ。動物虐待から、苛め、官民癒着、天下りなど、日本社会が抱える様々な問題に言及しているのだが、犬というラブリーちゃんを介在させたためか、訓話の世界に軟着陸してみたワン! みたいなことになっちゃっている。余技としてちょっとシャレてみましたということか。(1999.10.13 白耳)

★★(マコに対する愛情に敬意を表して)


ウィリー・モリス Willie Morris

中西秀男・訳 筑摩書房 1262円 [Amazon]

 1996.3.5初版。原著(c)は1995年。同タイトルの映画の原作です。とはいえ映画のような大きな事件は起こらず、1940年代のアメリカ南部の少年(と犬)の生活が淡々と語られます。とはいえ映画と同じように、ラストでは泣けてしまうのだった。
 いやあ、これはやっぱり映画の勝ちですかね。原作を読んでしまうと、映画は“作りすぎ”という印象を受けてしまうけれど、でも犬好きなら観て損はない。DVDで発売中だし。って映画を勧めてどうすんだ。少年期に犬を飼っていた人なら、きっとぐっとくるでしょう。犬を飼ってるオトナでもぐっときましたから。
 しかしこの訳者、1901年生まれとあるが、まだ生きているんだろうか。別に、訳が悪いとかそういうことではないのだが(多少年寄りくさくはあるけど、40年代ということであまり気にならない)。でも、スキップの犬種は結局なんなのだろう。本文ではフォックス・テリア、あとがきではスコッチ・テリア。映画はジャック・ラッセル・テリアだったし……。イラストはMikhail Ivenitskyというクレジットがあるので、たぶんオリジナルについているんでしょう。この絵からするとジャック・ラッセル・テリアっぽいですが(でも映画化にあわせてイラストを入れたかもしれないし。映画は何年だったかな)。うーん、そこだけ気になる。(2001.8.13 黒鼻)

★★★★


 友情も愛も死もすべて犬が教えてくれた――50年前のミシシッピ州の田舎町できょうだいのように育った愛犬スキップの思い出を綴る回想記。

 つい近ごろのこと、ぼくはひょっこりスキップの写真を一枚見つけた。真っ黒い顔に長い鼻先をして、何かクンクン嗅いでいることろだ。尾はピンとまっ直ぐに立てて身構えているし、何かに興奮したのだろう、目もキラリと光っている。四十年以上も前にとった古い写真だが――正直に告白する。ぼくは大人になった今も、スキップを思い出すと胸のいたむ思いがする。(p.8)
 少年少女時代に犬と付き合った経験がある人なら、この「胸のいたみ」を共有することができるだろう。誰にも美しくて切ない思い出がある。
 この作品は99年に映画化されている。エピソードを組み合わせて原作にはない見せ場を作ってはいるが、40年代のアメリカ最南部の街の様子や人々の生活を知るにはいい手がかりになる。スキップはフォックステリアだが、映画ではジャックラッセルテリアを使っている。(DVD『マイ・ドッグ・スキップ MY DOG SKIP』1999 WARNER BROS.)(2001.10.20 白耳)

★★★★☆