犬本―【海外/ラ】―その1

アンダードッグス Underdogs

ロブ・ライアン Rob Ryan

伏見威蕃・訳 文藝春秋/文春文庫 733円 [Amazon]

 2000.10.10初版。原著(c)は1999年。本邦初訳(なの?)の作家。タイトルだけ犬がらみで、なかみはまったく関係なし。じゃあ紹介するなよ。
 舞台は、マイクロソフトとボーイングとスターバックスの街シアトル。むかしむかし大火災で燃え落ちた街。その後、一階分上に新たな街を建設したそうな。ということは地下には広大なゴーストタウンが?(どうやら本当らしい)
 そのアンダーグラウンドに、少女を人質にした悪党が逃げ込んだ。ベトナムの地下壕・地下道で工作したチーム“アンダードッグス”のひとりが呼び出され、地下へもぐることに――。
 なかなかスリリングでした。鼠も下水もあり(げええ)で閉所恐怖症の人にはつらいかも。
 内容にはあまり関係ないから書いてしまうけど、モチーフは『不思議の国のアリス』。もぐる人はルイスだし、恋人はダイナだし。著者はイギリス人なのになぜシアトルが舞台に、と不思議でしたが、シアトルはどうでもよくて、まず「アリス」ありき、地下ありきってことなのだな。
 ベトナム帰りのトラウマなんかはお約束だけど、これがないと「ダイ・ハード」になっちゃうからなあ(笑)。地下の「警部」なかなかよろしい。
 次作は『くまのプーさん』だそうで、なんだか楽しみ(なんでだろう)。
 巻末のアリスがらみの訳注、あってもなくても。(2000.11.22 黒鼻)

★★★☆


デイナのひそかな生活 Hidden Life Of Humans

エリカ・リッター Erika Ritter

豊田菜穂子・訳 WAVE出版 1600円 [Amazon]

 人間たちの隠された生活。ピンとくる人は犬本通。
『犬たちの隠された生活』は、人類学者が解き明かす犬の生活だが、本書は主人公デイナと犬によって語られる人間の生活。
 舞台はカナダ。フリーライターのデイナは離婚歴ありのシングル。恋愛はもっぱら不倫。ある日デイナは、ひょんなことから犬のマーフィーを預かることになる。
 冒頭で「妻子もちなら誰だって愛せる愛せるだけ。っていうか、妻子もちの“ほうが好き”って思える瞬間があるってことかな…」と気取っているが、ときには不実な恋人に振り回され、くやし涙を流したりもする“かっちょわるい”デイナの生活。煮え切らない気持ちを犬にぶつけるデイナをしぶしぶ受け入れるマーフィーの言い訳が楽しい。
 軽いわりにだらだら続く語り口はちょっと辛いけど、不思議な読後感の得られる作品です。(1999.7.2 白耳)

★★★


のら犬ローヴァー町を行く Rover's Tales

マイクル・Z・リューイン Michael Z. Lewin

田口俊樹・訳 早川書房 1900円 [Amazon]

 訳者あとがきによると、原著には“犬の十字軍戦士、犬の世界を旅する”という副題がついているそうです。著者にしては異色のエピソード・ノヴェル。
 野犬収容所で「哲学者」と話をし、街に乱暴者の群れあれば一戦交え、弱った仔犬あれば生き抜く知恵を授け、飢えた仲間を食べ残しの多いステーキレストランの裏に導く。弱きを助け強きをくじく、港港に女ありの「とっても強くて、とってもハンサムな」流れ者ローヴァーの世直し旅。

 「生まれつき群れなきゃ、生きられないタチなんだろうよ」と老犬がいった。「独立心を持つにはそれなりの脳みそがいる」(「老骨」 p.190より)
 しばしば訓話めいた雰囲気も漂うが、ミステリ作家ならではの38編。カバー、本文の挿画いい。(2000.7.1 白耳)

★★★★★


キム・レヴィン Kim Levin

江國香織・訳 竹書房 980円 [Amazon]

 かわいくておもしろい犬の写真集。作者は動物写真を得意とする写真家。訳者はここのところ絶好調の江國香織。姉妹本『どうして猫が好きかっていうとね Why We Love Cats』もあります。こちらは松本侑子訳。
 犬が見せる一瞬の表情の切り取り方は見事。気取らず作らず好感が持てる。訳は、どうでもよろしい。疲れたときのぱらぱら読みに。(2002.7.7 白耳)

★★★☆


エルモア・レナード Elmore Leonard

高見浩・訳 角川書店 1600円 [Amazon]

 ハリウッド渓谷にすむ野生のコヨーテ、アントワン。アントワンは住宅地でゴミあさりをしている最中に見覚えのあるジャーマン・シェパードに出くわす。彼を専用のドッグ・ドアから家の中に招き入れたシェパードは、かつてハリウッド映画で大活躍した名犬バディだった。「なあ、おい、おれと入れ替わってみる気はないか?」ふかふかのカーペットがはられたファミリールームで、バディはアントワンに言う。
 ええ、言うんです犬が。犬もコヨーテも猫もカラスもしゃべるんです!
 犯罪小説の巨匠エルモア・レナードが39作目にして初めて書き下ろした動物ファンタジー。1925年生まれの巨匠は今年80歳。12人のお孫さんたちのために書いたそうです。だからといってベタ甘の少年少女向けではない。バディが孤高の元映画スターなら、アントワンは街の悪ガキ。この2頭の会話がいい。たとえばアントワンがバディが人間に飼われていることを冷やかす場面。

「で、リスやウサギを追いかけまわしたいのかい?」
「ああ、リスやウサギを追いかけまわすのは嫌いじゃない」
「じゃあ、猫を追いかけまわすのは?」
「猫なら、これまでに何百匹もおいかけまわしたさ」
「でも、あいつらを食べたことは?」
「なあ、おい」バディはのっそりと立ち上がった。そうすると、耳のとがった痩せっぽちのコヨーテは一まわりも二まわりも小さく見える。まだまだこんなチビに遅れをとることはない、とバディは確信していた。「おれが何を追いかけて何を食おうと、それはおまえさんの知ったこっちゃない。それを皿にのせて食おうと、地面に置いたまま食おうとな。おまえさんのきいたふうな、冷やかしの文句を聞くのはもううんざりだ。おれがペット犬だってことをもう一回でも言ってみろ。そのもしゃもしゃの尻尾を食いちぎって、おまえの口に突っ込んでやる」(p.49)
 子供たちが何が好きかをよくわかっていなければ、こういうふうには書けない。渓谷でのエンディングはかっこよすぎて涙が出ました。こんないかした物語、子供だけに読ませておく手はない。(2005.10.18 白耳)

★★★★☆