犬本―【海外/ノンフィクション】《小説家、文筆家》―その1

犬のディドより人間の皆様へ One Dog And Her Man By Dido

ディド著 チャップマン・ピンチャー協力) Chapman Pincher

中村凪子・訳 草思社 1800円 [Amazon]

 ラブラドール・レトリーバーのディドが語る犬の話。

 しかし、ディドが賢くて器用だとは言え、わたしのワープロはつかえそうもない。それでも、彼女は彼女なりにいくつもの伝達方法をあみだしているので、それを用いてわたしの頭に吹き込んだにちがいないさまざまな犬の思考を、いわば口述筆記するような役をわたしはつとめることにした(中略)犬キチの「ゴーストライター」が、犬に人間の属性を付して容認しがたいまでに擬人化しているというので、このような手法に非をとなえる識者もあろうかと思うが、この本は、科学者、ブリーダー、犬の訓練士などの専門家のための本ではなく、数から言えば圧倒的に多い、犬を愛する人々のための本である。(「チャップのまえがき」より)
 協力者はけっこうまわりくどいタイプらしい(笑)。ピンチャー夫妻と暮らすようになった経緯、なわばり、嗅覚など犬の感覚、知能、コミニュケーション、食事、睡眠、散歩、シーズンなど、内容濃く、読みごたえじゅうぶん。(白耳)

★★★★


C・W・ニコル

竹内和世・訳 鈴木龍一郎・写真 小学館/小学館文庫 533円 [Amazon]

 1999.8.1初版。アイリッシュ・セッターの写真も楽しめる、アウトドアのウェールズ人ニコルの犬エッセイ本です。黒姫に定住し、はるばるイギリスからアイリッシュ・セッターの「モーガス」を連れてきたニコル。いたずら小僧に振り回されて大変な騒ぎになるが、そこはそれ、長年大自然を相手に生きてきた著者ですから犬の扱いにもなれています。やがてモーガスの連れ合いとなる「メガン」も加わり、さらにはニコル夫妻の娘も生まれ、にぎやかな生活になるんですが……。
 文庫化に際し、あらたに書かれた終章は、やはり犬飼いにはつらいものが。
 ま、いわゆる「犬本」なのですが、親ばか飼い主エッセイとは一線を画していて、犬とのつきあい方についての考察なんかも書かれています。ニコルの、犬に対する見方は(そういう文化で育ったのだから当然とはいえ)気持ちがいい。こういう文化は、おそらく地球滅亡まで日本には根づかないのだろうなあ。やれやれ。(1999.8.1 黒鼻)

★★★


 黒姫の赤鬼ことニコルさんと、アイリッシュ・セッターのモーガスとメガン。ニコル家の犬は主人とともに山に分け入り、川に飛び込む。モノクロ写真とともに綴られる犬と生活。「犬生」もまた飼い主で決まる。(1999.8.23 白耳)

★★★☆


バスターのきもち Buster's Diaries As Told To Roy Hattersley

ロイ・ハタズリー Roy Hattersley

山田久美子・訳 朝日新聞社/朝日文庫 620円 [Amazon]

「男」と暮らすようになったおれは堕落しちまったようだ。こころならずも愛想をふるまくし、尻尾も振っちまう。まあ、そのうちどっちが上だか思い知らせてやるつもりだけどな――ジャーマン・シェパードとスタッフォードシャー・ブルテリアの間に生まれたバスターが、英国労働党議員のハタズリー氏に口述した日記。
 犬や猫がしゃべり出すと、とたんにむずむずしてしまうために、長らくつん読状態であったことを正直に告白しておく。いや、でも読んでよかった。これほどウィットに富んだ「犬本」はほかにないだろう。子犬の頃に母犬を失い、野犬収容所などに収用されたこともある来歴からか、語り口調は粗野で生意気であるが、それこそが決め手であった。たとえばこんなかんじ。日本人が出てくるシーンから引く。

けさは、すいぶん早くバッキンガム宮殿を通ったのに、外の道路は人でごったがえしていた。たぶん日本人だ。たいがいそうだから。日本人は犬と同じで、群れの動物なんだ。(中略)彼らはいつも、人間と犬が一本の紐で結びつけられているのを初めて見たという顔をしておれたちを見る。けさ、そのなかのひとりがおれにカメラを向けて、盛大にフラッシュをたいた。おれが吠えると、〈男〉が言った。「日本では犬を食べるんだぞ。もう一度吠えたら、お前を朝食に持ち帰ってもらうからな」(p.134)
 姿や行動はよく似てるかもしれないけど、犬を食べるのはお隣の国だということをいちおうお断りしておく。「犬好き」必読の書。
『この本はおれが書いた。わぉぉぉぉ〜〜ん』という帯の文句、たいへん気に入りました。(2003.10.31 白耳)

★★★★★

▽バスターの公式サイト
 http://www.busterhattersley.com


わたしを見かけませんでしたか? Has Anybody Seen Me Lately?

コーリイ・フォード Corey Ford

浅倉久志・訳 早川書房/ハヤカワ文庫 700円 [Amazon]

 このごろの階段は、むかより勾配がきつくなったように思う。わたしたちの時代に比べて、いまの学生は非常に礼儀正しい。みんながわたしに「サー」と呼びかける――中年男性の悲哀をユーモラスに描き、そのあまりにも身につまされる内容から盗作が相次いだという名作『あなたの年齢当てます』をはじめとする、日常生活のスケッチ19篇。著者は1902年生まれの「ユーモア・スケッチの第一人者」。故人です。
 発表年が1949〜1957年と古いが、じゅうぶん楽しめる。パーティーなどに招かれて、気の利いたことのひとつも言わなければならないはめに陥ったときに有用かも。ただし中高年男性「同士」限定。若い人にはスベリまくるか無視されるかのどちらかであろう。
 以下、愛犬マニュアルならぬ「愛人マニュアル」より抜粋。

「2 人間の選び方」より。
 まず第一歩は、自分に合った人間を選ぶことである。子犬は細心の注意をはらって選択をおこなうだけでなく、決断する前に犬舎の外のあらゆる状況を頭に入れなくてはならない。(中略)
 なによりもたいせつなのは、犬に呼ばれたらいそいそとやってくる人間、利口で、気立てがよく、健康な人間を見つけることである。これはと思う相手に前足をあずけたら、歯ならびがいいか、歯ぐきは丈夫か、口臭はないか、目が澄んでいるか、扁平足ではないか、血色はいいか、表情はどうか、こうした点を注意深く観察しなくてはいけない。(p.165-166)
「4 高度な服従訓練」より。
 たいていの人間には、先天的に物を拾う癖が備わっているため、犬がすこしおだててやれば、平均的な人間でもとびきり優秀なレトリーバーになれるのだ。(中略)
 人間はボールを居間の一端に持っていき、二、三度つばをつけてから、敷物の上でボールを犬のほうへころがし、同時に、「とって!(フェッチ)」とさけぶ。犬はそのボールが自分の横を通りすぎて、書棚の下にもぐりこむのをじっとながめる。それを見て、人間は居間の反対側まで行き、四つんばいになってボールを書棚の下からかきだし、ズボンでゴミを拭きとってから、犬のほうにころがし、「とって!」とおなじ言葉をくりかえす。(p.178)
 なんか、とってもなごみません?(2004.10.28 白耳)

★★★★


世にも有名な犬たちの物語 La Vie Des Chiens Celebres

ピエール=アントワーヌ・ベルネム Pierre-Antoine Bernheim

檜垣嗣子・訳 文藝春秋 1905円 [Amazon]

 有名人に愛された犬たち、名作の中の犬たちをめぐる、愛すべきエピソード集。
 ひとつひとつのエピソードは確かに愛すべきものですが、こうたくさんあると眠い。うう。エドワード八世だかウィンザー公だか、ナントカ女王だかナントカ卿だか、こんがらがってなにがなんだかわからなくなる。寝しなの拾い読みにおすすめ。
 訳者あとがきにパリの犬糞専用清掃車のことが出ている。導入は1982年。正式名称は「カニネット」で、パリの人々はこれを「モト=クロット(モトは二輪車、クロットは糞)」というあだ名で呼んでいる。そしてカニネットに続く市の糞対策第二弾が「カニゼット」。犬専用のおしっこ・うんち場で、道端に犬のシルエットと矢印がペイントしてあるという。ぜひ見てみたいので、パリの人は写真を送るように。(2002.7.5 白耳)

★★★


マコ著 ロバート・ワイマント協力)

加瀬秀明・訳 講談社 1600円 [Amazon]

 ワイマントは犬連れ記者。マコは首輪に記者証をつけて朝日新聞社内を歩き回っており、取材にも同行、動物関係はもちろんのこと、皇族やトヨタの社長に会うときも犬連れ。「外人だからしょうがねえや」という受け入れ側の諦観が見えるような気もするが、幼稚なリクツを振り回すエゴ団体に比べれば、ひとりでやってるだけマシである。その一徹さ(無頼というべきか)には羨望すら感じる。
 惜しむらくは内容のユルさ。動物虐待から、苛め、官民癒着、天下りなど、日本社会が抱える様々な問題に言及しているのだが、犬というラブリーちゃんを介在させたためか、訓話の世界に軟着陸してみたワン! みたいなことになっちゃっている。余技としてちょっとシャレてみましたということか。(1999.10.13 白耳)

★★(マコに対する愛情に敬意を表して)


ウィリー・モリス Willie Morris

中西秀男・訳 筑摩書房 1262円 [Amazon]

 1996.3.5初版。原著(c)は1995年。同タイトルの映画の原作です。とはいえ映画のような大きな事件は起こらず、1940年代のアメリカ南部の少年(と犬)の生活が淡々と語られます。とはいえ映画と同じように、ラストでは泣けてしまうのだった。
 いやあ、これはやっぱり映画の勝ちですかね。原作を読んでしまうと、映画は“作りすぎ”という印象を受けてしまうけれど、でも犬好きなら観て損はない。DVDで発売中だし。って映画を勧めてどうすんだ。少年期に犬を飼っていた人なら、きっとぐっとくるでしょう。犬を飼ってるオトナでもぐっときましたから。
 しかしこの訳者、1901年生まれとあるが、まだ生きているんだろうか。別に、訳が悪いとかそういうことではないのだが(多少年寄りくさくはあるけど、40年代ということであまり気にならない)。でも、スキップの犬種は結局なんなのだろう。本文ではフォックス・テリア、あとがきではスコッチ・テリア。映画はジャック・ラッセル・テリアだったし……。イラストはMikhail Ivenitskyというクレジットがあるので、たぶんオリジナルについているんでしょう。この絵からするとジャック・ラッセル・テリアっぽいですが(でも映画化にあわせてイラストを入れたかもしれないし。映画は何年だったかな)。うーん、そこだけ気になる。(2001.8.13 黒鼻)

★★★★


 友情も愛も死もすべて犬が教えてくれた――50年前のミシシッピ州の田舎町できょうだいのように育った愛犬スキップの思い出を綴る回想記。

 つい近ごろのこと、ぼくはひょっこりスキップの写真を一枚見つけた。真っ黒い顔に長い鼻先をして、何かクンクン嗅いでいることろだ。尾はピンとまっ直ぐに立てて身構えているし、何かに興奮したのだろう、目もキラリと光っている。四十年以上も前にとった古い写真だが――正直に告白する。ぼくは大人になった今も、スキップを思い出すと胸のいたむ思いがする。(p.8)
 少年少女時代に犬と付き合った経験がある人なら、この「胸のいたみ」を共有することができるだろう。誰にも美しくて切ない思い出がある。
 この作品は99年に映画化されている。エピソードを組み合わせて原作にはない見せ場を作ってはいるが、40年代のアメリカ最南部の街の様子や人々の生活を知るにはいい手がかりになる。スキップはフォックステリアだが、映画ではジャックラッセルテリアを使っている。(DVD『マイ・ドッグ・スキップ MY DOG SKIP』1999 WARNER BROS.)(2001.10.20 白耳)

★★★★☆


猫たちを救う犬 The Dog Who Rescues Cats --The True Story of Ginny

フリップ・ゴンザレス&リアノー・フライシャー Philip Gonzalez & Leonore Fleische

内田昌之・訳 草思社 1500円 [Amazon]

 テレビでも紹介された、傷ついた猫たちを救う犬ジニーの本。ジニーは著者であるゴンザレスさんに動物愛護ホームから引き取られた、“一部はシュナウツァー、一部はハスキー、一部は地上におりた天使”。カバー写真に神々しさすら感じる。おすすめ。(白耳)

★★★★