越犬楽▼其の一




 仲のわるい夫婦の神様がいた。ある日ふたりで歩いていると、一匹の仔犬がやってきた。
 「なんて可愛いんでしょう」ほぼ同時にふたりは叫んだ。
 仔犬はふたりを見上げ、嬉しそうに尻尾を振った。
 「わたしが先に見つけたのよ」女神がいった。
 「おまえはさっきからよそ見ばかりしていたじゃないか」男神がいった。
 「よそ見をしていたのはあなたのほうじゃないの」
 「おまえのほうだ」
 「あなたのほうよ」
 そうして言い争っているうちに掴み合いが始まった。
 「おやめなさい」
 道ばたの木陰で成り行きを見守っていた乞食がいった。
 「あなたがたは夫婦でしょう? ならば一緒に飼えばいいじゃないですか」
 「夫は冷たい男です。すぐに犬を捨ててしまうに違いありません」
 「妻は残忍な女です。犬を太らせて食べてしまうに違いありません」
 「まあまあ」
 呆れたように乞食がいった。
 「ともかく連れて行かれるがよろしい。どちらが飼い主にふさわしいかは、その犬が決めてくれるでしょう」
 「わたしに決まっている」
 「おれに決まっている」
 そういいながらも、ふたりは仔犬を連れて行くことにした。

 「おおよしよし」
 女神が仔犬を抱き上げた。
 「まだおまえの犬と決まったわけではないだろう」
 男神が犬を取り上げようとした。
 「垢だらけで息の臭いあなたなんかより、わたしのほうが好きに決まっているわ」
 「なにを、力の強いおれに抱かれるほうがいいに決まっている」
 「わたしに決まっている」
 「おれに決まっている」
 そうして女神が仔犬の頭を、男神が尻尾をそれぞれ引っ張って、取り合っているうちに、仔犬の身体はずんずんずんずん伸びてしまい、ついには胴の長いへんてこりんな姿になってしまった。
 「まあなんてひどいことをしてしまったのでしょう」
 「おれとしたことが」
 ふたりは手を離し、地べたに腹を擦るようにしながらよちよちと歩く仔犬を見て、つくづく後悔した。
 「ごめんなさい」
 女神がいった。
 「おれのほうこそ」
 男神がいった。そして仔犬を抱き上げると、女神の手を取り、ふたり仲良く帰っていった。

 男神は狩猟の神であった。成長した犬は長胴短脚のままであったが、巣穴に逃げ込む小さな動物を狩るには好都合で、たいそうな評判になった。ことにアナグマを狩るのが得意だったため、いつの間にか、ダックスフントと呼ばれるようになった。(2000.9.1)




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