越犬楽▼其の二




 ダックスフントの評判を聞いた犬が、じぶんも有名になりたいと思い、夫婦神の家をたずねた。
 「どうかわたくしもあの犬と同じようしてください。もちろんお礼をいたします」
 恭しく差し出された大きな箱の中には、目もくらむような金貨がぎっしりと詰まっていた。
 ふたりは二つ返事で引き受け、女神が頭を、男神が後肢を持って、懸命に犬の身体を引っ張った。だが、その犬の身体は思いがけなく固く、途中で息が切れてしまった。
 「もっとちゃんと引っ張ってくださいよ!」
 犬は抗議した。ふたりはもう一度、こんどは女神が耳を、男神が尻尾を持ち、前より力を込めて引っ張った。
 「や、や、痛い痛い。もういいです、どうかやめて下さい」
 犬が叫んだ。だがそのときすでに、耳は大きく伸びて尖り、尻尾は根もとからちぎれてしまっていた。

 全財産と尻尾を失った犬は、仕方なく牛の番をして暮らすようになった。そんなある日、犬の目の前に四頭立ての馬車が止まった。
 「ずいぶん珍しい犬がいるものだ。どうだ、わしと一緒に来ないか?」
 窓から顔を出した紳士がいった。秀でた額に涼しげな瞳、立派な髭をたくわえたその紳士こそ、後のジョージ六世である。思いがけない申し出に、犬は一も二もなくついて行くことにした。そして犬は愛娘の誕生日のプレゼントになった。
 犬は拾われた土地の名前から、ウェルシュ・コーギー・ペンブロークと呼ばれるようになり、その子供も、またその子供も、末永く幸せに暮らした。(2000.9.2)




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