越犬楽▼其の三




 夫婦神の家をたずねたのはコーギーだけではない。ダックスフントの評判は海を越え山を越え、はるばるチベットからやってきた犬がいた。生まれたときから僧院で暮らしているという、たいそう礼儀正しい犬だったが、差し出されたお礼の品はヤクの皮一枚だけだった。夫婦神は犬を追い返そうとした。
 「それはクンドゥンから授けられた品です。このままおめおめと帰ることはできません。どうかどうかお聞き届け下さい」
 犬は涙ながらに訴え続け、いつまでたっても帰ろうとしない。夫婦神はしぶしぶ引き受けることにした。
 だが気は心である。いいかげんに引っ張っているうちに、女神がうっかり手を離してしまった。床に落ちた犬の顔はぺっちゃんこになり、尾はきつく丸まってしまった。

 帰ることができなくなった犬は放浪の旅に出た。そしてオランダの地で、ある家の番犬に召し抱えられることになった。その主人こそオラニア公ウィリアムである。犬は後にスペイン人の来襲を吠えて報せ恩に報いた。オラニア公は大いに犬を取り立て、ラテン語のパグナスからパグという称号を与えた。だが犬は故郷が恋しく、その目はいつまでも涙でうるんだままであったという。(2000.9.3)




INDEX|PREVIOUS|NEXT



Copyright (c) 2000 by Shiro-mimi and Dog-Ear Press.
All rights and bones reserved.