見つめ合うひととき


 犬と見つめ合って暮らしている。
 テスは今年の2月で5歳になったが、わたしを見つめる瞳は、こいぬのころからまったくかわらない。

 目は口ほどにものを言うというが、たしかに、テスは見つめることで何かを訴えている。「腹へった」「外に行こう」「遊ぼう」の3つの要求は、確実に伝わってくる。だがこの3つは、テスがわたしのやる気を嗅ぎつけている場合が多い。ようするに、そういう時間帯なのである。そろそろごはんをやろうかなとか、散歩に行くかとか、ちょっと休憩するかなどと、ちらっと考えただけで、どこからともなく現れて、じっと見つめる。意地悪をして待たせたりすると、人間でいう肩たたきをする。お手の要領で右前脚を上げ「ちょいとちょいと」とやるのである。顔を向けると、居直って、またじっと見つめる。

 遠くから視線を感じることもある。気がついて顔を向けると、もの言いたげにしばらく見つめていることもあるが、たいていはすぐに目を逸らす。「ちょっと見てただけ」ということなのだろう。目を逸らす前に、かすかに尻尾を振ることもある。

 わからないのは食後である。
 テスはごはんを食べたあと、仰向けになって床に背中をぐりぐりとこすりつけることをやる。うちではこれをテスの「満腹踊り」と呼んでいる。なにかの本に、気持ちがいいときなどにそうするとあった。はなはだしいときは、ぶうぶうと声を上げ、前脚でじぶんの顔をめちゃめちゃにこすったりする。もう、いやっいやっという感じ。
 面白いので手を止めて見ていると、テスのほうも気がついてぐりぐりをやめる。仰向けになった犬が、少し離れたところを見るときの目をご存じだろうか。犬の目はもともと白目の部分がわずかしかのぞいていないが、無理に目玉を移動させるために、白目の部分が多くなった、いわゆるギョロ目になる。ギョロ目になった犬の顔はちょっとコワい。わたしはテスのその顔に、鈴木光司原作の映画『リング』で、テレビから出てくるおっそろしい貞子の顔を思う。仰向けになったまま、そのおっそろしい顔で、しばらくわたしを見つめるのである。「おのれ〜見たな〜!」というセリフを当てればぴったりであろう。でも、そのときテスが何を考えているのか、わたしにはさっぱりわからない。(2002.7.8)



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