越犬落語▼其の一




 しかしそれにしても「ひっぱり神さま」は大活躍でございまして……。

 「ええ、ごめんなさい、ごめんなさいよッ!」
 「なんだか玄関先であやまってる人がいるよ、ちと見てきなさい」
 「はぁい、どなた」
 「えーわたくしこちらのほうでなんでも《シっぱって》くださるって聞いてきてみたんスけどね」
 「(小声で)またへんなのが来ちまったよ……。はいはい、いまあけますからね」

 ガラガラっと戸をあけるてぇと、立っていたのはたいそう見た目のよろしい犬でございます。

 「どぉーもッ!」
 「アラ(ト驚いて)、まあ、ちょいと、ンまぁいい男だねこりゃ」
 「なんです?」
 「いえいえこっちの話、ささお上がンなさって狭いところですけどね、ずずいっと。あんまりいきすぎると裏口から出ちゃウ」

 奥さんはすっかり嬉しくなっちゃったみたいでして。

 「(小声で)なんだか妙なぐあいだね。(ふすまをあけて)イヤどうも、大将ッ、こんちお日柄もよく!」
 「なんだイなんだイ、また変なのが来た。(女神に向かって)だめだよなんでもかんでも上げちゃっちゃあ。そうでなくてもご近所から犬のフンの苦情が来てるンだから」
 「ああらいいじゃござんせんのぅ(ト媚びながら)、こちらいいお加減で」
 「お加減もさじ加減もあるもンかい、犬じゃねえか犬。そだろ、あんた、おい、そこの、犬!」
 「わん」
 「わんなんていってやがら。なんなんだよ用件は」
 「ええまあロシアのほうから来ましたから洋犬っちゃア洋犬で」
 「その洋犬じゃないってン。なんの用事で来たのかって聞いてる」
 「へえ、それです旦那さん、いえね、最近こちらでおふたりに身体ァ、こう、ぎゅうっとシっぱってもらって、ずいぶん様子がよくなったってェ話を聞きましてね……」
 「まただよ、だからなんでもかんでも引っ張るもんじゃねえ」
 「それでぇ、ぜしあたくしもね、ひとつギュウっとお願いしたいなんて」
 「あンらぁ、こちら、そんなことしなくても充分ステキでらっしゃるのにぃ」
 「なにクネクネしてやがンでえチキショウめ」
 「だってぇ、ロシアのほうからいらしたんでしょ、涼しげなまなざしがステキだし、毛並みもとってもステキ。ずいぶん高うございましょこの毛皮は」
 「いえいえほんの襤褸でして(ト照れる)。おくさまこそ、なんともセクシーでござんすな」
 「おーほほほほ、セクシーだなんて、ま、そんなこと言われるの何百年ぶりかしらねえ」
 「なーにそこでいちゃついてやがる! ああわかったわかった、なんでもいいから引っ張ってやるからとっとと帰ぇれ」

 男神のほうは、奥さんが二枚目によろっと来ちゃってるんで面白くない。

 「あなたったら、そんなにムキにならなくてもこちら充分美青年でらっしゃるんだから、親からさずかった姿形を簡単に変えちゃいけないってお話をしなくちゃ」
 「てめえは黙ってろってんダ。さァあんたこっちに。いいからこっちに来いってん――」

 と犬の鼻っ面をつまみあげてこんな具合に(トひねりあげる仕草)……。

 「あたたたた、そんなに無理矢理」
 「るせえ、俺ぁこういう高慢ちきな野郎みると虫ずが走る――」
 「あいたたたた」
 「お望みどおり引っ張ってやるんだからおとなしくしろ! お高くとまった鼻をこういうぐあいにギュウうううう」
 「あたたたた」
 「もひとつギュウううう。どうだァ!」
 「(鼻をおさえながら)はひ、どふもあひがとうごはいはひた」

 と帰ろうとしますが。

 「おいおい、黙って帰ろうってんじゃねえだろうな」
 「はぁ?」
 「礼を置いてけ」
 「はぁ、いかほろ?」
 「一万ルーブルばかり置いていけ」
 「うひゃあ、このひとたちゃほんにボるぞぃ」

 おなじみ『ボルゾイのはじまり』でございました。(2000.9.12)




INDEX|PREVIOUS|NEXT



Copyright (c) 2000 by Kuro-hana and Dog-Ear Press.
All rights and bones reserved.