越犬楽▼其の六




 むかしむかし、あるところに三匹の犬がいた。同じ親犬から生まれたきょうだいであったが、血気盛んな年頃のこと、何につけても競争ばかりしていた。
 ある日、三匹が湖の畔でアヒルをからかって遊んでいると、どこからともなく泣き声が聞こえてきた。
 「誰がいちばん先に泣き虫を見つけるか競争だ!」
 きょうだい犬たちは、尻尾を高々と上げ、一目散に声のするほうに走っていった。泣いていたのは湖の女神だった。
 「どうして泣いているのですか?」
 いちばん先にたどりついた犬がいった。
 「わたくしはついさいきん来たばかりの新米の女神です。前の女神様はたいそう意地悪で、魔法の杖をどこかに隠したままいなくなってしまったのです」
 「湖の女神様なんだから、杖は湖の中でしょう?」
 二番目にたどりついた犬がいった。
 「ええ、でもここには湖がたくさんあって、探しても探しても見つからないのです」
 「じゃあ、わたしたちが探してあげましょう! 競争だ!」
 いちばん最後にたどりついた犬が叫んだ。
 「競争だ! 競争だ!」
 三匹はそれぞれ違う湖に向かって全速力で走り去った。

 ずぶ濡れになった三匹が女神のもとへ戻ったのは、ほぼ同時だった。
 「見つけましたよ!」
 いちばん先に戻った犬がくわえていたのは、ウコンの根だった。
 「見つけましたよ!」
 二番目に戻った犬がくわえていたのは、炭の棒だった。
 「見つけましたよ!」
 いちばん最後に戻った犬がくわえていたのは、なんと食べかけのチョコレート・バーだった。失望した女神は、また泣きながら湖に帰って行った。
 「なんだ、せっかく探してやったのに!」
 三匹はふてくされてくわえたものを放り出したが、それぞれの身体は探し当てたものの色に染まってしまっていた。
 ラブラドール・レトリーバーのはじまり。



つづきの話




 けっきょく女神は自力で杖を探し出した。だが、そのときはもう、すっかりお婆さんになってしまっていた。きょうだい犬は責任を感じ、女神の手伝いをして暮らすことにした。女神は犬たちの心遣いに感謝し、その優しさと賢明さが末代まで続くよう、お祈りを欠かさなかった。
 こんにち、ラブラドール・レトリーバーが非常に優秀であることはいうまでもない。(2000.9.30)




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