越犬落語▼其の二
てなわけで、あれこれやってくれるてぇ噂で、神さん夫婦のところには客がひきもきらない――。
「ンちわあ! こんちわわあ!」
「なんだよまたうるさいのが来たよ」
「こんちわわあ!」
「わかったわかった今あけるよ(ト戸をあける)。おや? 誰もいねえじゃねえか。悪戯か、ったく」
「こんちわわあ!」
「うわっ! (足下をみて)こりゃ、なんともちっけえ犬だね」
「ねえねえ旦那旦那おねがいしますよなんとかしてくださいよもう」
「わかった。わかったからそう跳ね回るのはよせってン」
「おねがいしますよおねがいしますよ」
「わかったわかった。おい嬶ぁ!」
「なんですよぅ、うるさいったらありゃしない」
「まあいいから、こいつ見てやってくれ」
「あらまあ、ずいぶんと、ええとかわいらしくて」
「かわいらしいって顔かい。ネズミみてえな面ぁぶらさげて」
「ひどいなひどいなそんないいかたはひどいな、はるばるメキシコから来たんですよぅ。これおみやげの酢蛸です」
「なんでメキシコみやげが酢蛸なんだ」
「まあいいじゃないのお前さん。で、あたしたちにどうしろと?」
「それなんですよぅ。俺んとこ、父ちゃんも母ちゃんも爺ちゃんも婆ちゃんもちびっこくてね、もすこし大きくなって世間を見返してやりてえと思って、しくしく(ト泣く)」
「泣くこたないだろ」
「ヒックヒック……おねがいしますこのとおりです俺を一人前の犬にしてやってください」
「で、どれくらい大きくなりてえんだ」
「これくらい(ト手をひろげる)」
「それじゃわからねえ」
「じゃあめいっぱいいいますからね、ダメだったらいってください、マケますから」
「マケるてえのはなんだよ。まあとにかくいってごらん」
「ぞう」
「はあ?」
「象、ぐらいにしていただけたらなあなんて……へへっ、いやあの、ダメなら牛ぐらいでもまあ」
「あきれたもんだねこいつは。犬のくせに象みてえになりてえだと」
「おもしろいじゃないのさ。やってみようよアンタ」
なんだかんだと用意をいたします。
「まずこれをくわえろ」
「へえ(ト口にくだをくわえる)」
「おめえはしっかりこいつの首ったまおさえとけよ」
「あいよ」
「さあ、いくぜ、せえのっ(ト息をふきこむ)フゥゥゥゥゥ!」
「ほわあああ」
「すごいすごい、どんどんふくらむねえ」
「よーし、こんなもんだろ」
「…………」
「どうだ、おおきくなった気分は?」
「……(口をあけると)ヒュウウウウウウ(トしぼんでいく)」
「おいおい、ダメだよ口開けちゃっちゃあ。空気がもれちまわあ」
「そ、そ、そんな、それじゃ、生きてけないですよぅ」
「そりゃそうだ。いいか、おとっつぁんおっかさんが小さいんだ、おめえだってそうそうでかくなるわけにゃいかねえよ。チワワ争えない、っていってな」
おなじみ『チワワのはじまり』でございます――。
「ってそんなオチ、つけないでくださいよぅ。ほかの連中は引っ張ってもらったり顔ぉつぶしてもらったりしてるじゃないですかあ、しくしく」
「わかったわかった。とにかく引っ張りゃ納得するんだな?」
「へ、へえ」
「おいおまえ、そっちっかわの皮を引っ張れ」
「あいよ!」
「俺はこっちっかわだ。せえのッ!」
と引っ張りますが、いかんせん元がちいさいものでなかなか伸びません。ウンウンやってるうちに、皮や身体は伸びずに、引っ張られた短い毛だけが伸びてまいります。
「フゥ、どうやってもこんなもんだなあ」
「まあ長い毛になったんだからおしゃれでもして気を紛らわせたらどうかしらね」
「いやぁ、これからは転んだりぶつかったりしねえように、まわりに気をつけないといけねえからそれどころじゃねえだろう」
「あら、どうしてだい?」
「前は、けがなかった」
おなじみ『ロングコート・チワワのはじまり』でございます。(2000.10.20)
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