犬の名前3
さて、わたしは雌の洋犬に相応しい、省略しにくく“ちゃん”が付けづらい名前を飼い犬につけたが、あまり成功しなかった上に、間もなくもうひとつの重大な落とし穴に陥った。
にゃん吉がキチポンになりポンピンに異名といえど法則がある (寒川猫持『猫とみれんと』より)
もろずばりこれ異名である。
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仔犬を育てるのは大変だ。立派な成犬になったテスも、ほんの少し前までうんこ垂れ及び破壊大魔王だった。わたくしはリビングに大小便を垂れ流し、角という角を囓りまくる黒白の仔犬を抱え途方に暮れていた。各方面のベテラン飼い主に取材し、夜な夜なネットワークサービスの犬関連情報を閲覧したりしたが、いざというときにはどうしようもなんない。なにしろ問題が起こるのはたいてい夜中なのだ。そんなとき頼りになるのは、家庭犬の訓練に関する文献である。いまとなっては笑っちゃうが当時は真剣だった。わたくしは知ら知らずのうちにマニュアル人間と化していた。
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人間の子どもと仔犬は似ている。どんなに小さな手かがりでも、それがじぶんに関することなら瞬時にして嗅ぎ取る能力に優れている。正しいおもちゃに集中していたり、寝ている仔犬はまことに可愛らしい。だが、いったんこちらに興味が向いたとたん、またぞろ手がつけられないような狼藉が始まる。ある本にこうあった。
「飼い犬の話をするときには本名を使わないようにするとよいでしょう。たとえばワンちゃん、うちの子というなど」
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さいしょのうちは単純に犬とか黒白などといっていたが、繰り返すうちにとうぜんバレる。そうなったらもう量産するしかない。黒豆、きつね顔、ももいろお腹、ウンチーヌ、モグリーヌ、ちょんまげ犬、へそ天、テシ、ベシ、デシ、ダシ、テッシー、ままちゃん、まま犬、マモちゃん、ばぼしんとまあ、ほかにもいろいろあるが、こうして挙げてみると法則もなにもない、めちゃくちゃである。慣れてからは呼び方などほぼどうでもよくなった。犬のほうも、どう呼ばれようが結構でございます、という態度を取るようになった。3歳になったいまでは、呼ばれてもときには知らんふりさえする。
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わたくしの情熱は枯れた。好きに呼べばいいのだ。名前なんかどうでもいいのだ。愛だよ、愛。それしかあるもんか。(2000.9.1)
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