毛刈り問題


 犬の図鑑や雑誌の広告ページを見ていて、ええっ! と思うことがある。いちばんびっくりしたのが、ドッグ・ショーでグランプリを獲得したヨークシャー・テリアである。こ、これがあのヨーキー? 近所でちょろちょろしているあのヨーキーと同じ犬? うっそー。わたしは丸顔でなんだかぼさぼさしているヨーキーしか見たことがなかった。トロフィーの横ですましているヨーキーは、艶々と輝く見事なロン毛だった。
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 ヨーキーもシー・ズーウェスティマルチーズも、手入れが大変なので短く刈っちゃうのね。逆にプードルビション・フリッセは、決まった形に刈らないで、自然に伸びたままの犬が多いように思う。散歩中に出会った犬がトイ・プードルだということがわからなかったことがある。
 ボーダー・コリーにもショー・タイプがいるようだ。雑誌で見たボーダーはロン毛だった。テスもボーダーにしては長いほうだが、とくに手は入れていない。暑くてばてているのを見ていると、いっぺんすかっと刈っちゃろうかとも思うが、ボーダーじゃなくなりそうでこわい。

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 近所にケビンというアメリカン・コッカー・スパニエルがいる。
 ある日、散歩中にケビンに会ったが、ケビンだということが飼い主さんを見るまでわからなかった。なぜなら、丸坊主になっていたからだ。「ずいぶんすっきりしましたね」というと、「ちょっと聞いてよ!」と飼い主さんが叫んだ。ここから先の話のおかしさは、飼い主さんの語り口調に依るところが大きい。なにしろとても話の面白い人なのだ。可能な限り再現してみる。




 知らない人に刈られちゃったのよ。素人よ素人。ケビちゃん外に出してたら、なんか見てるのね。じぶんもコッカーを飼ってるっていうの。たいへんでしょうっていうから、なんのことかと思ったら、お金かかってたいへんでしょうていうわけ。一回二万かかるから、そりゃあ大変なんだけど。そしたら、わたしじぶんでやってるんですよ、よかったらやってあげますよっていうの。そんなのご挨拶だと思って、ねえ、ふつうそうじゃない。適当に話しして、帰ったの。そうしたら、ほんとうに来ちゃったの、道具持って、じぶんの犬連れて。勝手に入って来て「あとで掃除機貸して下さいね」とかいって、ちゃかちゃかやり始めちゃったのよ。ケビちゃん嫌がっちゃって嫌がっちゃって、そしたらじぶんの犬にやる真似して「こういうふうにするんだよ」とかなんとかいうわけ。え、その人? 男よ男。男のおじさん。上手ならいいんだけどさ、耳なんかなんだか安飲み屋の暖簾みたいになって、背中なんかトラ刈りよトラ刈り。しましまになってるの。好意じゃない好意。だからなんにもいえなくて。すぐAに連れてって、やり直してもらおうと思ったんだけど、どうしようもなんないっていわれて。それでこうなっちゃったの。
 またやってあげるっていうのよ。どうしようかしら。まあ、これ見たらわかると思うけど(笑)。それでさ、わたしその人どこの人かわかっちゃった。××のとこの××屋の旦那なの。そうそう、あそこ。気をつけたほうがいいわよ。




 ケビンの毛はなかなか伸びない。小さなつるつる頭の両脇に垂れた耳は思いがけなく長く、まるでバセット・ハウンドである。つやつや光るなめらかな胴に断尾の短い尻尾がくりくりと振られる。脚だけはなんとかなったらしくふさふさしているが、そのせいで、横から見ると毛足の長いの洋服ブラシのようである。
 話を聞いたのはわたしだけではない。少なくとも5人の飼い主と5頭の犬が聞いている。××屋の旦那は、きょうもどこかで恐怖の毛刈り魔として語り継がれているに違いない。
 きょう獣医で丸刈りのポメラニアンを見た。(2000.9.3)



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