少女と犬3
いつもの角を曲がると、ハナタレの後ろ姿が見えた。大きな声で歌を歌いながらスキップをしている。我々のにおいを嗅ぎつけたジャックがじじくさい顔をこちらに向けた。
「こんにちわ」
「……こんにちわ……歌、聞こえた?」
「うん、何歌ってたの?」
「わかんない……」
「歌ってみて、そしたらわかるかも知れない」
「ええっ」
ハナタレは嬉しいのか悲しいのかわからないような顔をして、くねくねと身体をくねらせた。湯上がりに着るようなタオル地のワンピースの襟刳りからシュミーズのストラップが盛大にはみ出している。
「学校ね、××××教会の近くなの……」
このように、ハナタレの話はいつも唐突にはじまる。
「ふうん、なんていう学校なの?」
「×××ナントカカントカ小学校!」
聞き覚えのある私立小学校の名だった。そういえば制服姿のハナタレを見かけたことがある。
「バスで……40分くらいかかるの……」
「へえ、そんなにかかるの。たいへんだね」
「うん」
「スクールバス?」
「ううん? おむかえ???」
しまった、また複雑なことをいってしまった。
「ひとりで通ってるの?」
「うん」
「偉いねえ!」
「うん!」
ハナタレは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。白い木綿のパンツが丸見えである。わたくしが変態野郎だったらどうするんだ、親。
「どっち行くの?」
犬の頭を撫でながらハナタレがいった。
「うん? あっちに行くよ」
「じゃあ一緒にいく……」
「うん、さっきの歌、歌ってくれるならいいよ」
「ええっ!」
ハナタレはまた、嬉しいのか悲しいのかわからないような顔をして、くねくねと身体をくねらせた(けっきょく歌ってくれなかった)。
*
並んで歩きながらいろんな話を聞いた。
ハナタレは毎日往復一時間以上かけて通学し、帰宅後は塾に行く。塾があってもなくても6時には家にいないと叱られる。ということは、わずかな自由時間のほとんどをジャックの世話に費やしているということではないか。
*
小学校から私立にやるくらいだから、幼稚園もそれなりに凝ったところだっただろう。「おむかえ?」という台詞からも想像がつく。親の付き合いにもよるだろうが、ハナタレが近所に同年輩の遊び相手を見つけるのは、とても難しいことのように思える。
*
飼い犬相手に調子っぱずれの歌を歌うことが、ハナタレのささやかな息抜きなのかも知れない。(2000.10.6)
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