飼い犬に顔を踏まれる


 Kさんちのゴールデン・レトリーバー、ボーイは、朝になると父上のお散歩用ズボンをくわえて来るという。リードや朝刊を持ってくる犬もいると聞く。立派である。

 テスは何も持って来ない。そのかわり午前の部・散歩担当者である夫の顔を舐める。夫がやる気を起こすまで、ともかくべろべろめきめき、激しく尻尾を振りながらずうっと舐めている。おかげで反対側に寝ているわたしは尻尾が起こす風で目が覚める。
 薄目をあけると顔の上で尻尾が舞っている。左右に振られていることもあれば、プロペラのように回転しているときもある。テスはべろべろとふさふさでふたりの人間を起こすわけだ。合理的である。

 意地になって寝たふりをしていた夫が、何やらぶつぶつとつぶやきながら、とうとうやる気を起こしたと察するやいなや、テスはひらりと跳躍し、満面に笑みをたたえ、身体じゅうで喜びを表現する。もうたいへんである。まったくベッドマットかトランポリンかといった有り様で、うかうかしていると腹の上に跳躍のフィニッシュを決められる。どれかの脚が鳩尾(みぞおち)に命中して息も絶え絶えになって以来、わたしは寝たまま腹筋に力を込めてテスの狼藉に備える癖がついてしまった。

 それにしても防ぎようのない場所がある。顔である。テスはときどきわたしの顔の上にお座りをして夫を見張る。生暖かく、息苦しく、おしっことうんちのにおいがする。「やめてくれー」と叫ぶとすぐに腰を上げるが、そのときあんまり慌てさせると顔を踏まれる。テスは「あっ、すいません」という顔をするが、うかうかしていると、また踏まれる。
 我が家の朝は踏んだり蹴ったりである。(2000.10.20)



INDEX|PREVIOUS|NEXT




Copyright (c)2000 by Shiro-Mimi and Dog-Ear Press.
All rights and bones reserved.