犬の名前・番外編


 わたしは犬連れの人に会うと必ず犬の名前を訊くことにしているが、犬だけの場合そうはいかない。だから勝手に名前をつける。家人に話すときに「通りを渡ったとこの不動産会社と煙草屋の間の細い道の突き当たりにある新しい家の隣の芝生の庭にいて通るとぴすぴす鼻を鳴らす犬」などと、いちいち説明するのが面倒だからだ。

 バスカヴィル家の犬
 高い塀をめぐらせた城塞都市のような家の犬。残念ながら姿を見たことはないが、塀越しに感じる気配はそんじょそこらの大型犬の比ではない。マスチフあるいはグレート・デーンか。太い鋲打ちの首輪をしているに違いない。

 まっちゃいろ
 抹茶色ではなく真っ茶色。キャバリアだが白毛が少なく、遠目には全身茶色に見える。いつも二階の出窓から地上を見張っており、通るときゃんきゃんうるさい。

 暑いね
 一階が貸し駐車場になっている家の鉄骨階段の下で暮らしている老犬。飼い主さん人嫌いなのかとりつくシマなし。最初のうちは通ると吠えていたが、「きょうも暑いね」「きょうは涼しいね」などと話しかけているうちに吠えなくなった。

 大木シェルティ
 大木さんちのシェルティ。三百坪は下らないと思われるたいそうな屋敷の広大な庭で暮らしているが、恵まれた環境でもストレスはたまるのか、前を通るとベンツの陰から飛び出してきて、ねずみ花火のようにぐるぐる回りながら猛烈に吠える。

 ホクロ
 お口の脇に大きなホクロがある老ビーグル。首輪に鈴をつけており、前を通ると庭の端まで伴走してくれる。

 ツチノコ
 柴タイプ。肥満のため体形が“幻の蛇ツチノコ”に似ている。薄笑いを絶やさないちょっと怪しい男性が連れており、誰彼構わず吠えかかる。性格悪し。

 ちいちゃいちゃん
 ヨーキー。噂によると仔犬のときに病気したらしく、仔猫と見まごうばかりの大きさしかない。ときどき門扉の下のわずかな隙間から脱走している。
 飼い主さんが「この子の脳味噌、梅干しのタネくらいしかないの」といっていた。

 フェンディちゃん
 ウエスティ。飼い主さんが持っている、いわゆる“うんち袋”がFENDIなので。数か月前に引っ越していなくなってしまった。
 思えば長い付き合いだったが、お互いに知っていることといえば家の場所だけで、犬の話しかしたことがなかった。「引っ越すんです」といわれたとき、わたしはフェンディちゃんに向かって「会えなくなっちゃうんだ」といった。顔を上げると飼い主さんの目に涙が浮かんでいた。その後フェンディちゃんの家は解体され、いまは更地になっている。ふたりとも元気でいるだろうか。(2000.12.2)



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