タエコ犬


 新しい土地で新しい犬仲間を見つけるのは意外と簡単なことである。それなりの時間帯にそれなりの場所に行けば、必ずいる。犬の相性にもよるが、けっこう気楽に交流することができる。いわゆる公園デビューと似ているが、妙なしがらみがないぶんましな気がする。
*

 純柴ではないが、すらりとした姿のいい犬に出会った。すごい“おちょこりん”で、案の定9カ月ということだった。飼い主さんは物静かな初老の女性で、嬉しがって暴れる犬を諫めながら「タエコというんです」といった。

 タエコは公園に隣接する一軒家に住んでいる。
 ある日テスと一緒に歩いていたら、ものすごい勢いで向かってくるノーリードの犬がいた。タエコだった。顔見知りのテスを見つけて飛び出して来たのだろう、飼い主さんがおろおろと後を追っている。裏通りとはいえ車道である。気持ちはわかる。だが慌ててはならない。わたしは破壊大魔王の成長に付き合った関係上、そこら辺にはちょっとばかり自信がある。まっしぐらにテスに向かってきたタエコを余裕でとっつかまえた。

「すみませんすみません」
 飼い主さんはタエコにハーネスタイプのリードを装着しようとした。が、うまく行かない。なぜなら、手が震えていたからだ。
「お宅様がいてほんとうによかった……」
 そういいながらもぶるぶると手が震えている。小さな手提げ袋から、丁寧に折り畳まれたスーパーの袋とティッシュペーパーがばらばらと落ちた。
「手伝いましょう」
 わたしは暴れ狂うタエコのマズルを掴んで大人しくさせた。飼い主さんがはっと息を飲む音が聞こえた。

「ほんとうにありがとうございました」
 深々と頭を下げて去っていった飼い主さんの後ろ姿に、わたしはなぜか、離れて暮らす母を見ていた。

 ところで、わたしはタエコに合計3回、手を咬まれた。わるいこだ。(2001.1.27)



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