犬の居ぬ間に


 犬がいてはできないことが幾つかある。うちの場合、たとえば掃除機がけ。テスは仔犬の頃から掃除機を目のカタキにしており、ちょっとでもふかすと吸い込み口にかじりついて離れなくなる。したがって掃除機をかけたい部屋から閉め出したり、おびき寄せて移動させるなど工夫が必要で、たいへん面倒なのである。
 だからシャンプーに出すなどして半日ほど犬が居ない日には、姉さまかぶりにたすきがけで心おきなく掃除機をかけるわけだが、いくらわたしが大邸宅に住んでいるとはいえ、隅から隅までかけたって、ものの二〇分もあれば終わってしまう。

 問題はその後。やることをやってしまい一服しているとき、足下が寂しい。リビングの隅っこや玄関の定位置にこんもりとした黒と白のけむくじゃらがいない。どこからともなくテニスボールが転がって来ることもない。おやつをねだる生暖かい鼻息もない。さびしい。
 ふだんは居ることすら忘れてしまっているようなことも多いというのに、この喪失感はいったいなに?

 そういうわけで、わたしは犬が居ない日には、犬が居ないということを忘れるために、なるたけたくさんの用事を詰め込むことにしている。ああ情けない。

*

 きょうはカーテン屋さんに採寸に来てもらった。手持ちのカーテンがリフォーム可かどうか見てもらうために、床いっぱいに広げて測ったり、レールに吊ってみたりする。犬がいては易々とはできないことである。常日頃からわたしは「親ばか」が露見しないよう、不必要に犬の話をするのを避けているが、カーテンをまとめるタッセルというヒモに話が及んだとき、うっかり犬の話をしてしまった。カーテン屋さんおすすめのタッセルは、太い縄を縒ったようなもので、先端部分に房飾りがついている。そう、かのデンタルコットンそっくりなのである。そんなものを取り付けた日には、すぐに引きずり下ろされずたずたにされてしまうだろう。
「ワンちゃんがいるんですか」
 カーテン屋さんが愛想を言う。大きさと犬種を訊かれた。わりに犬好きらしい。そこから先はもういけない。しまいには写真まで見せてしまった。
 ……だめなわたし。(2001.5.15)



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