犬と歩けば


 犬と歩けば、周辺の地理に詳しくなる。犬がいないころは「ご近所」なんて、あってないようなものだった。わかるのは生活に必要な施設や商店、飲み食いをしたりするところだけで、小さな公園や、地図に載ってないような路地など知りようもなかった。

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 犬と歩けば、落とし物をみつける。きのうは短いチェーンネックレスを見つけた。もっとも多いのが子供の手袋や靴で、必ず片方だけで落ちている。目につきやすいよう塀やガードレールに引っかけておくようにしている。いつまでもそのままだと非常に気になる。
 わるい落とし物の代表はチューインガムである。かみ終わったら「ぺっ」とやる人が多いとしか思えない。どうしてゴミ箱に捨てられないんだ。ばかものめ。人間が踏んでも不愉快だが、犬が踏むとどうなるか知ってるか? 突然びっこをひきはじめ、飼い主を地獄に突き落とす。
 ちなみにいまのところ現金を拾ったことはない。

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 犬と歩けば、人様の家の表札などを、失礼ながらつい見てしまう。ちっちゃな家ほどでかい表札だったり、ありったけの家族の名前がずらずらと並んでいることが多い。そういう家にかぎって塀にガラス片など埋め込んであるが、それでいて家族構成、たとえば家族五人中、男は一人だけなどということを知らしめるのはどうかと思う。
 犬がいる家にはやはり親しみを感じる。近頃では外飼いの犬は少ないが、庭に放されていたりすると必ず声をかけるようにしている。最初は警戒していた犬が尻尾を振るようになったらしめたもので、そうなったら勝手に名前をつけて楽しむことにしている。さいきんやっとなついてくれた犬には「窓男(まどお)」という名前をつけた。外に出されてない日は二階の窓際で見張りをしているからである。
 ところで「猛犬注意」の注意書きを出している家の犬が、ほんとうに猛犬だったためしはない。近所の「猛犬」は愛想のいい豆柴である。

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 犬と歩けば、よく道を訊かれる。犬を連れているということは、まず例外なく近所に住んでいる人だろうから的確な人選だと思う。問題は、わたしが地理オンチということである。駅や大きな施設ならなんとか対応できるが、「なんとか通り」とか「なんとか方面」になるとお手上げである。そういう訊き方をするのは多く車に乗っている人だから、わたしは裏通りの三叉路なんかで立ち往生している車には近寄らないようにしている。

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 犬と歩けば、季節の移り変わりを感じることができる。立ち木が芽吹いて花が咲き、散って、葉が繁る。雨上がりの土のにおいをかぎ、蝉時雨を浴び、枯れ葉を踏みしだき、木枯らしに襟を合わせる。霜柱が立ち、溜まり水が凍り、雪が降る。
 先週、塀の水抜き穴に雀が巣をつくっているのを見つけた。(2001.5.28)



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