お母さんはえらい


 捨て犬を拾った子供が、母親に「誰が世話するの」と言われ、泣く泣く元の場所へ犬を戻すというお約束のワンシーンがある。なんて冷たい母親なんだ! と憤った時期もあったが、いまとなってはわかる。

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 季節の長期休暇などの時期をのぞけば、日々犬に散歩をさせている8割、いや9割は女性、おそらくは専業主婦である。残りの1割が男性、自営業か、引退老人といったところか。中にはどこかの誰かさんのように勤務時間不定のやくざな仕事に従事する男もいるだろう。そういう男は「謎の男」という特殊なポジションを確保している。

 なぜ主婦ばかりが犬の散歩をするのか。簡単だ。ほかの家族は会社や学校という用があるからだ。犬の食欲や腹具合はいつだって待ったなしだ。
 捨て犬を拾ったから、子供が欲しがるので、人にすすめられたから。きっかけはどうであれ、いっこの命をあずかるということは、同時に、とめどもない仕事を引き受けるということでもある。

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 二児の母である妹に「育児いいとこ取り」という誠に興味深い成句を教わった。要するに、人前など評価に値する場に限り「よい親」をして見せる、とくに父親のことらしい。これは子供を持たないわたしにだって見当がつく。犬だって同じである。気が向いたときにしか構わないくせに飼い主様のふりをする男がいる。犬のほうも心得ていて、きちんと言うことをきいたりするので始末に負えぬ。

 そういう威張った男には、妻の日常的な労苦を無視し、どっかで読んだり聞いたりしたような一般論を「教えてやる」といった押しつけがましさが漂っている。あまり見かけない犬種を言い当てて鼻の穴をふくらませたりする。きっと子供の頃、東海道五十三次や世界各国の首都などを暗記、ことあるごとに披瀝し、大いに褒められた経験があるに違いない。ああイヤだ。

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 継続は力である。同様に継続は愛である。愛してもないのに、毎日飯を食わせたり、汚れパンツを洗ってやったりするもんか。お母さんは、むら気でだらしない家族に向けるコンスタントな愛を、平等に、飼い犬にも分け与えているのだ。

 犬が、そういうお母さんだけに向ける瞳の輝きを、わたしは知っているつもりである。(2001.6.13)



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