賭け



『動物のお医者さん』という漫画に出てくるネコは関西弁でしゃべる。ふきだしに入っていないから、しゃべるというのとはちょっと違うが、その場面でネコが考えている(であろう)ことがコマのバックに手書きされている。それが関西弁なのである。「タンパク質はじぶんで取れいうたやないか」などのように。物語の舞台は北海道で、そのネコも関西出身ではないのだが、これが妙にマッチしていて可笑しい。

 うちのテスは、ごくまれに「あうあう」といったような声を上げることもあるが、ふだんは黙って見つめることで何かを訴える。目は口ほどにものを言う。
『動物のお医者さん』ふうに人間の言葉に置き換えると、
「腹へった」「外に行こう」「遊ぼう」「なにあれ」「イヤなんですけど」てところか。とくに「テスの三大要求」ともいうべき最初の三つに関しては、テスもわたしの理解力に満足しているようだ。それ以外のことでも、あれでもないこれでもないと試行錯誤を繰り返すうちに合点がいくというもので、さいきんではかなりムツカシイやりとりも可能になった。5年半の付き合いはダテではない。

 散歩中にふとテスがわたしを見上げる。それは
「ちょっとリス公園に寄りたいのだけど?」という相談だったりする。「いいよ」とわたしも暗黙のうちに応える。そうするとテスはコースを変更してリス公園に向かうのである! このへんの機微は、犬と付き合いのある人にはわざわざ説明するまでもないだろう。

*

 さて、そんなツーカーなわたしたちだが、ひとつだけ、お互いにどうしても譲れないことがある。それは散歩コースの途中にあるお寺の閉門時間だ。
 そのお寺には二つの門があって、閉まるのはともに夕方の5時。それまでだったら境内を抜けて近道ができる。車の心配はないし、四季折々の草花が楽しめるのもいい。参道の柵ではスラロームの練習もできて、わたしもテスもけっこう気に入っている。
 通りからお寺の門は見えない。テスより少しはお金持ちのわたしは腕時計をしているから、門が開いているかどうかは行ってみなくてもわかる。でも、テスにはわからない。そのときのやりとりを『動物のお医者さん』ふうにセリフにしてみるとこうだ。

わたし「もう閉まってるよ」
テス 
「まだ開いてるかもしれない」
わたし「もう5時すぎたから閉まってるって」
テス 
「行ってみないとわからないでしょう?」

 テスがこうも意地になるのにはわけがある。お寺の都合か、門番がサボったか、ときどき5時をすぎても門が開いていることがあるのだ。道ばたで押し問答をするくらいだったら、行ってみたほうが早い。ようし勝負じゃ、テス。果たして門は……閉まっている。そらみろ。わたしはリードをぐいぐい引いて通りに戻る。
 でも、門が開いていたら? そんなときのテスはまるで鬼の首でも取ったかのようだ。きらきらと目を輝かせ、自慢の尻尾を日比谷公園の大噴水ばりに咲かせると「ふんっ」と特大の鼻息を吹いて、ぷりぷりとお尻を振りながら門へ向かって先へ先へと歩く。

 どうやらわたしたちの付き合いも第二段階に入ったようである。(2002.9.28)


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