うちはなんでも犬が先



 人間が食べ終わってからでないと飼い犬に餌をやらないという人は多い。先にやると、じぶんを偉いと勘違いしてエバった犬になっては困るからだそうだ。
 テスは生まれたときから家族の誰よりも早く食事をしている。これは“親ばか”特有の甘やかしなどではなく、飼い主側の都合である。
 そもそも決まった時間に餌をやったことがない。子犬期はマニュアル通り時間を決めて1日3〜4回に分けて与えていたが、家具調度の破壊に忙しいわが子犬は食べたり食べなかったりで、そのうちアホらしくなって気が向いたときに食べさせることにした。
 成犬になってからは1日2回に落ち着いたが、餌の時間は飼い主側の仕事や外出の都合によって日々まちまちである。1回目と2回目の間が5時間のときもあれば十数時間に及ぶこともめずらしくない。そういう生活をしていると、家でなにかを始めるきっかけが、どうしても犬になってしまうのである。
 朝起きると「うちはなんでも犬が先」とつぶやきながら飲まず食わずで散歩に行き、帰宅後は「うちはなんでも犬が先」と言って餌をやり、飲み水を替えてやる。人間の食事や息抜きはその後だ。

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 もうひとつ。これは目くじらを立てる人も多かろうと思うが、うちはなんでも犬が先であるだけではなく、なんでも犬と一緒である。
 餌の話から続ける。テスにはドライフードを基本に人間の食べ物も与えている。キャベツと鶏肉の水煮がその筆頭だ。材料費も安く簡単なので数年来つくり続けているのだが、同じく犬の餌を手作りしている知人の家を訪ねたとき、使用する鍋を人間用と別にしていると知って驚いた。
 その家はじつに「人は人、犬は犬」であった。犬用の鍋といっても元人間用で、古くなったものをおさがりにして使っているが、犬用と決まったとたんに人間用とはきっぱりと区別される。台所の流しで洗うときのスポンジやタワシも人間用とは別。しまっておく場所も戸棚ではなく流しの下。餌のボウルやトレーも同じ扱いである。鍋や食器類だけではない。犬用のタオルは人間の洗濯物と一緒にせず、いちいち手洗いして、干す場所も別。ソファの上は「犬禁止」。寝室へは入るのはいいがベッドの上は「犬禁止」。犬は常に人間の足元で過ごし、寝場所は玄関の三和土に敷いたマットの上と、あらゆることが厳密に定められている。
 うちではうどんやラーメンをつくるときに使う鍋でテス用のキャベツと鶏肉を煮て、その鍋をひとつしかないスポンジで洗い、乾いたら戸棚にしまう。テスの足を拭いた雑巾は軽く手洗いした後、ほかの洗濯物と一緒に洗濯機に放り込む。わたしはほぼ毎日テスと一緒にソファに座ってテレビを見て、毎晩テスの鼻息を感じながら寝ている。

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 だからといってテスがうちでいちばん偉いということはない。それに今のところ誰ひとりとして犬のせいとおぼしき病気になったことはない。
 ようするに、飼い主側の気分の問題なんじゃないかと思う今日この頃である。(2003.9.24)


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