犬とエレベータ



 犬はエレベータを何だと思っているのだろうか。
 いわゆるペット可マンションに住んでいる。入居して4年がたつ。
 テスが生まれてこのかたエレベータに乗ったことがないことに思い至ったのは、引っ越してきて数日後のことだ。
 すでに何度も上り下りしていた。獣医で診察台がわずかに上下するだけで動揺する犬である。エレベータがぐんぐんと一定の速度で動いていることも当然、感じているはずなのに、テスはまるで百年も前からそうしているかのように、慌てず騒がず、怖じもせずにエレベータに乗っていたのだった。


 エレベータに乗りたいとき、都合よく“箱”が待っていることはまれだ。たいてい「上」か「下」のボタンを押してしばらく待つ。その間、テスは外扉のわずかな隙間に鼻を押しつけて「ぷしゅ〜」と鳴らしながら、エレベータが上下するときの空気の動きを感じている(ように見える)。
 箱が到着すると、扉が開くと同時に乗り込んで、床や壁のにおいをくんくん嗅ぐ。ペット可マンションだからよその家の犬が乗った直後ということもある。おしっこなどされてはたまらないので、おすわりをさせて希望の階に到着するのを待つ。
 エレベータが止まると、乗り込むときと同じように内扉の隙間に鼻を押しつけて、いまかいまかと開くのを待っている。


 最初から平気で乗り降りできたのは、たぶんわたしや家族が一緒だったからだろう。試しにテスだけエレベータに乗せてみたいが、ペットをひとりでうろうろさせるわけにはいかない。
 もうひとつ。
 テスにとってエレベータに乗るということは「うれしい」ことだ。たとえ行き先が1階の郵便受けだったとしても、嫌な注射をする獣医さんであったとしても、エレベータに乗り込む段階までは大好きな散歩と同じである。狭い箱の中で感じる不気味な振動や、それに伴う不安など、散歩の喜びと興奮に比べれば、あまりにもちっぽけで取るに足りないことにちがいない。


 おもしろいのは、やってきたエレベータに人が乗っているときだ。顔見知りの犬と飼い主さんが乗っていることもある。人間のわたしは防犯カメラのモニターで確認済みだが、テスにはわからない。「○○ちゃんたちが来るよ」と教えてやっても、あらぬ方向をきょろきょろと探したりする。だから扉が開いて人や犬が出てくると、びっくりして飛びすさることがある。「来るなら来るって言ってよね!」というふうだ。だから教えてるんですけど。


 テスにとってエレベータはドラえもんの「どこでもドア」のようなものかもしれない。ときどき「びっくり箱」にもなる。それはそれで、なかなか楽しそうである。(2004.5.19)


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