ボーダーコリーは鯛入りちくわの夢を見るか
Do Border Collies Dream of Chikuwa?



 正月休みに帰省する友人の買い物に付き合ったことがある。
 おじいさんおばあさんとご両親、お兄さん夫婦とその子供2人、合計8人分のお土産だというからたいへんだ。「往復の飛行機代と合わせてボーナスの半分は飛ぶ」とぼやいていたが、実家で暮らす家族ひとりひとりの顔を思い浮かべながら、あれこれ考えることを楽しんでいるようにも見えた。
 すべての買い物を終え、疲れただろうからお茶でも、と提案しようとした矢先、「もう一個だけいいかな」と言いながら、彼女が向かった先は地下の食料品売り場だった。このうえお菓子でも買うのかと思ったが、彼女が手に取ったのはちくわだった。練り製品のちくわである。
「えっ、ちくわ?」わたしは思わず訊いた。
「うん、ポンちゃんにね」にっこり笑いながら彼女は言った。
 ポンちゃんとは実家で飼っているポメラニアンで、ちくわが大好物なのだという。「うちではちくわは犬が食べるものなのよ」と、こともなげに彼女は言った。犬の食べ物だと? ちくわの穴に細く切ったきゅうりやチーズを詰めてビールのつまみにしていたわたしは、ちくわの包みにおリボンをかけるよう売り子さんに頼んでいる彼女と、それ以来少しばかり距離を置くようになった。10年ほども前のことである。


 犬はちくわが好きだと思い込んでいる人は意外と多い。女性は甘いものが好き、といったような根拠のない刷り込みに似ているような気がする。
 テスを連れて歩いているとき、見知らぬおばさんからちくわをもらったことがある。スーパーの名前が入ったエコバッグから取り出されたのは、クッキーでもビーフジャーキーでもない、5本入りのちくわだった。おばさんはビニールの袋をその場でひっちゃぶくと、長さ10センチほどのちくわを指でつまんで1本抜き出し、「はい、あげる」と、断りもなしにテスの鼻面の前に差し出したのである。袋に「鯛入り」という文字が躍っている。焼き色も美しい上等のちくわだ。外でものを食べないようしつけられたテスが、ちらちらとわたしの顔色をうかがっている。
「ありがとうございます。あとで餌といっしょに食べさせますので」丁寧に断って、わたしはちくわを受け取った。「あらそう」と、おばさんは不満げだった。
 それにしてもなんでちくわなんだろう。板付きカマボコやササカマではだめなのか――もらったちくわをむしゃむしゃ食べながら、わたしは考えた。


1. 板付きカマボコやササカマなどに比べると安価である。
2. 5本も入っていると(人間が)一度に食べきれず余らせることが多い。
3. 包丁を使って切るなどという手間がかからない。手も汚れない。
4. 1本の量が(犬の)おやつとして適当である。
5. 適当に歯ごたえがあり、犬が好きそうである。
6. 焼き色がついていて、ちょっと肉に見えないこともない。
7. いつも喜んで食べる。

 最後の「いつも喜んで食べる」は、かなりポイントが高いと思われるが、犬にとっては、5本198円のちくわも、お節料理用などの高級板付きカマボコも同じようなものだろう。
 人間が食べる物ならなんでも与えるというのんびりした飼い主さんもいれば、厳選したドッグフードと水以外、ぜったいに与えないという厳しい飼い主さんもいる。わたしはその中間といったところだろう。極端に味の濃いものや、塩辛いもの以外なら少量与えることがある。ちくわはじぶんで食べてみて、塩辛いかんじがするので与えない。原材料にも「塩」と明記されている。だが、これも科学的にはなんの根拠もない、漠然とした、感覚的なものである。人間たちが食事をするテーブルの下で、一心にひとかけらのおこぼれを待つ犬を見ていると、これで一度もありつけないほうが体にわるいんじゃないのかと思うことがある。


 テスは眠っているとき足を動かしたり、寝言を言ったりする。ときどき、なにかを食べているときのようにちゃくちゃくと口を動かすこともある。夢の中でいったいなにを食べているのか。犬が人間の言葉を話せるものなら、ぜひ訊いてみたいことのひとつである。(2004.8.7)


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