つよいにおい


 犬は鼻がいい。『イヌの力』(今泉忠明/平凡社新書)によると“結論として、イヌは人間の百万倍(花などの匂い)から一億倍(肉などの匂い)も敏感であるといえる”らしい。
 よく「オナラなんかしたら臭くてたまんないだろうね」という人がいるが、犬は人間より敏感なだけで、元のにおいの強さは同じである。もちろん人間より早く、長く感じてはいるだろうし、もしかしたら誰がひったか(わははすいません)嗅ぎ分けるくらいのことはしてるかも知れないが、「臭い」と思っていないことは確かで、むしろ好きなんじゃないかと思うことさえある。

 犬はどんなにおいが好きで、どんなにおいが嫌いなのか。
 ドクター野村の『犬に関する100問100答』(メディアファクトリー)に、ちょっとした手がかりを見つけた。

「アロマテラピーが趣味ですが、犬にはにおいが強すぎますか?」
 まず、においが強すぎる以前の問題で、犬にとってあの手のにおいは悪臭なんじゃないかと思います。(中略)でも犬がアロマテラピーに使っているあのにおいをかいで心がいやされるかどうかというと、これはおそらくいやされませんね。臭くてもうたまらないんじゃないかと思います。(中略)犬は豚のうんこが腐ったにおいや、ミミズの腐ったにおいを「いいにおい」と感じます。(中略)どうしてもというなら、アロマ犬ピーをやるというのはどうでしょうか。豚のうんこを部屋に置いて、人間が我慢して、犬がうっとりしているのを見て喜ぶわけです。(p32)


 テスには、道ばたに落ちているよその犬のウンチを、身体(とくに首から肩のあたり)にこすりつけたがるという、まことに困った時期があった。一年未満の仔犬のころである。なにしろばっちいので、やるたびに厳しく叱ったらやらなくなったが、ばっちくないもの、たとえばにおいの強い食品や芳香剤、また衣類などについては、とくにしつけなかったから、いまでもスキあらばぬりたくろうとする。

 わたしはこの行動を、じぶんを『強い犬』と思わせるための偽装行為だとにらんでいる。
 犬にとっては『強い犬のにおい=つよいにおい=好きなにおい』なんじゃないのか。
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 好きなにおいにもいろいろある。

 食品。毎日のごはんのにおいはいうまでもなく、台所で人間用の肉を調理しているときなども、よちよちと現れては物欲しそうな顔をする。これらはぬりたくる前にお口に消えるから、つよいにおいであるかどうかはわからない。食品の中では果物に注意しなければならない。テスは初めてのものはすべてぬりたくる。襟毛にバナナをすり込まれたときにはさすがに腹が立った。

 入浴剤。空き袋を舐めたぐらいで死なないとは思うが、下手をするとゴミ箱をひっくり返されるおそれがある。

 芳香剤のたぐい。とくににおい付きの防臭スプレー。噴射すると狂ったように嗅ぎ回るが、実体がないのでそのうち諦める。

 香水はわたしがつけても興味を示さない。これはわたしがあるブランドの香水一種類だけを長年愛用しているからだと思われる。おそらく『珍しくもなんともない=つよくない』のだ。そのかわり、うちに遊びに来た人がつけているとすっ飛んで行き、ぐりぐりと身体をこすりつける。『珍しいにおい=つよいにおい』なのだ。
 香水のせいでぐりぐりされた人は、すごく懐かれたと思って喜ぶが、実は脂性で足がくさい人にも同じことをする。同様に汗くさも好き。汗をかいたシャツなどを放っておくと、喜んでぐりぐりする。

 面白いのは湿ったセーター。綿ニットなどではなく獣毛――とくにウールのセーター。雨に濡れたり、家で洗って室内に吊しておいたりすると、いつまでもいつまでもまとわりついている。嗅いでみるとわかる。ようするに、濡れたセーターは湿った獣のにおいなのだ。
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 テスは『つよいにおい』が好き。そしてそのにおいに貴賤はないようだ。(2001.3.1)



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